くろま流 × NAGOYA式 ブログ

東海・名古屋からまちおこしヒント探し始めて、結局国際経済のしくみに行きついた

アメリカ・中国と日本の関係、再構築できるか

あくまで可能性の話としての意見を書きたいと思いますが、ここのところ中国がアメリカたたきをし続ける姿を見ながら、この中国共産党の行動と日本の親中的行動が、一般に言われるものだけでないような気になってきたので、一視点として読んでいただければと思います。

今ある日本と中国とアメリカの関係は、普通に考えれば世界覇権を目指す中国としては、目の上のたんこぶである、現在世界覇権を握るアメリカをたたくのが、利にかなっていると言えるかもしれません、それを日本側から見てみると、そのバッシングに対する反応は、同じ自由・民主国としてアメリカ側につく立場に有るはずです。

 

しかし一方では、戦後アメリカの属国として、政治的・経済的に圧力をかけ続けられてきた背景から日本の立場を考えると、アメリカの存在は中国同様に、目の上のたんこぶとして存在していたとも、見られるのでは無いかということです。

万が一に、日本政府の全てではないにしても、影響力のある一部の者たちが、アメリカへの鬱憤を中国によって晴らそうと考えているのなら、日本と中国が切っても切れない関係によって、横暴な中国の行為を責められない”理由の一つ”になり得るのではないか、これは今のところ筆者の邪推でしかないのですが、政治とは複雑な力学が働く世界でもあるだけに、気分を気持ち悪くさせます。

 

現在の中国政府は共産党が仕切っていますが、その中にはかつて日中戦争時に政権を持っていた、中華民国の政府関係者の多くが台湾に逃げ落ちた一方で、残党が本土に残って共産党に組み入れられていましたが、習近平国家主席の時代がここ1年あたりで、内部的な反発派によって、危うくなりつつあるそうです。

周主席が国内で進める政策には、資本主義体制に対する圧力つまり、民間企業に対する一方的な統制や制裁をかけ続けており、中国企業外資企業関係なく独立採算性を削ぐ政策を進めていますが、日本のニュースでは多くがアメリカ企業に対しても、例外なく営業許可を取り下げる制裁をかけていると報じます。

 

この制裁を王道目線で見れば、日本からして如何しがたい動きとして、日本政府が中国政府と関係を切れないのは、政治家が金や色で縛られているためと報道される中、裏読みすれば日本政府が中国政府との関係が切れない別の理由の存在、つまり日中が結託して共通の政敵であるアメリカを陥れるために、中国依存を捨てられないのではないか、そうも取れるわけです。

もしその可能性が水面下で実在するのなら、日本は中国だけでなくアメリカにも、二枚舌を使っていることになります、もちろん政治的や国際情勢には二枚舌戦略は、定石ではあり日本だけが責められるものではないすが、国内では中国叩きばかりを訴える者や、アメリカとの協調を訴える者ばかりがやたら目立つのは、情報の偏りなのではないか。

 

現在アメリカは、世界覇権にあぐらを描いている間に、親中に傾く米民主党による、中国の内政干渉や技術盗用擁護によって、気づかぬ間に骨抜きにされていたことに気づいて、トランプ政権時からようやく反撃に出ていますが、気がつけば中国共産党によって、EUも日本も地下では中国傀儡化が進んでしまっていました。

反撃を開始した共和党のトランプ政権は、次の大統領選で敗退し民主党バイデンが政権をとり、前政権よりも中国経済制裁が軟化してしまいます、相変らず中国には強気の態度を見せているようにも見えますが、実際には習近平の政策に対してであり、バイデンは他の勢力と近しいだけとの見方もあります、日本でも安倍・菅政権から岸田政権へ、肝心なタイミングで変わってしまい、表向きにさえ対中国政策が緩いものになっていきます。

 

この流れの中で、最も地の利を得たのは中国政府でした、日本は戦前は違いましたが戦後GHQ政策で依存性の強い体質に変えられてしまったため、アメリカの軍門に降るしか無かったわけですが、一方で中国共産党との関係も脈々と培ってきたことになり、両国の狭間でブレる国になってしまったことで、国際政策に弱い国となってしまいました、こうした国同士の三角関係とは、個人でも国家でも碌な結果にならないことは同じです。

今カナダでトラックドライバーによる、ワクチン接種義務へのデモ行動が話題になっていますが、アメリカでもかつて政権交代にも共和党支持者中心に起きました、日本人の立場でも強制接種に対してだけでなく、中米に対しての偏った政策によって、私たち日本国民に沿わない政策が、次々と可決し進んでいる事実に対し、抗議の声だけでなく行動する時代に、いよいよならざるを得なくなっているのではないでしょうか、カナダの事例では抗議デモの規模が拡大するに連れ、政治家はデモ派の方へ耳を貸さざるを得なない状況に傾いていると言います、やはり行動をもって示さなければ、政治家は当選の恩をわすれ、国民を支持することは無い、それが現実ですから。