くろま流 × NAGOYA式 ブログ

地域産業・観光を広い目線から、東海・名古屋あるあるをリサーチ。

フィンランド発交通システムの反響と近未来

欧州連合EU)の一国であるフィンランドは、日本でも高福祉・教育国家として知られていて、日本とも国の規模が似ていることから、行政や技術的に参考にされやすい国のひとつだそうです。 

 そのフィンランドで実際に稼働している、次世代交通網システムの日本導入が検討されるのは当然といえばそうですが、昨年からそのローカライズや国内企業連携に利用されているようです。

 

toyokeizai.net

欧州の交通サービス「MaaS」は日本に根付くか | ローカル線・公共交通 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

 こうした交通網(インフラ)システムは、トヨタ自動車と政府・NTTなどが、事象実験的にトライアンドエラーを繰り返している話題を何度か紹介していますが、日産自動車に代表される国内自動車・建設関連企業の計測データー不正などの問題が連続して、オールジャパン体制が思うように進まない中では、汎用技術の導入は最も現実的であり、大阪万博までに何とか形にしたいと政府が進めている、近未来技術の実用化・国内導入計画への、最も現実的で早道になると期待されています。

 

都市と地方をリンクさせる鉄道網や道路網は順調でないまでも進んでおり、このシステムは各地域内での交通網の統一・合理化に役立つ技術として期待されるもので、古い世代の筆者などは、同じ欧州発の汎用OS「LINUX」の先進性に思いを重ねてしまいます。

北欧国はEU統合前からパテントに縛られない、汎用性の高いソフトウエアを開発する素地があって、アメリカ型の知的資源の個人化の文化と異なる、共有化する文化が根付いているようで、限定された独占市場に対してオープンな市場を広めるのに、大きく貢献しているのは、日本の文化的価値観と近くてこの資質も大いに学び、連携していく価値がありそうです。

 

日本は、同じEUのフランスとルノー・日産の企業争奪戦で争わねばならなくなっていますが、今後世界各国の連携がアメリカや中国のような一国統治に進むのか、EUのような共有連携に向かうのかわかりませんが、少なくとも日本の立場からして後者の体制が国際化した方が分がいいのは間違いなさそうです。

その共有連携の社会を実現するためにも、今後日本がどのような貢献ができるか、その意味で「MaaS」の導入・改善が生み出すものものは、交通インフラの未来化に止まらない「世界の近未来化」にも大きく影響を及ぼしてくれないかと、期待するものです。

健康な人生と、薬・クスリと生活のバランス

今年話題の長期連休が「プラチナ・ウイーク」と命名されるなど、かつてなかった長期連休を、今からどう使うかが既に大盛り上がりになっていますね。

ただ、一方で病院の対応や育児施設の方針などで混乱が予想されていて、生活の内容によっては差が出始めていますが、今年も良い面と課題を残す面との格差が注目される年になりそうですね。

 

さて、今回はそういった生活の中で地味でも未だ悩ましいクスリとの付き合い方について記事りたいと思いますが、当ブログでも過去に取り上げた「ジェネリック薬品」についてです。

私達が病院で診察を受けたあとで、必ずと言っていいほど診察医からクスリの処方を受けますが、そのクスリは院外処方がもうあたり前になった時代で、一時期そのあおりで「薬漬け」の問題が話題になりました。

 

gendai.ismedia.jp

「先生、その薬、本当に必要ですか」思い切って尋ねてみたら…(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/2)

 

その問題は、余り話題にならなくなってはきましたが、今でも処方箋発行の際に診察医との、ジェネリック処方の交渉がやりづらいことは変わっていないようですね。

これは院外処方が、福祉向上より院外商法化に偏っていることを指すものかもしれませんが、相変わらず相場と言われる価格より低く手に入る「薬」にお得感を感じてしまう傾向も、その課題になっているように思います。

 

当初、ジェネリック薬品の登場は、保守的な医療制度の高額化の傾向を緩和する良作として注目されてきましたが、実際はその恩恵が活用されることが少なく、むしろその恩恵を躊躇する人も少なくないようです。

これは未だ患者の多くが、医者=お上(崇める人)という先入観からの解放がされていないこともありますが、それ以上に医者(医療)=聖域・逆らえないものとしてイメージを変えられていない事実にあります。

 

その上で「薬」は、まるで都市伝説のように、お金のようにありがたいもの・お得なものという実利と乖離した高付加価値のイメージから抜け出ていない現実を持っていて、海外のそれとはかなり現実離れした医療のあるべき姿が、日本でなくならないを私たちは何とか変えていかなければならないと考えます。

これを課題として考えた時に、なぜ単なるモノである薬にここまでお得感を感じてしまうのかを考えると、

 

・あっても増えても困らないが、いざ無いと困る。

・負担が少なく、むしろ国民としての恩恵を感じる。

・海外のそれに比べ制度の充実度が高く、優越感が大きい。

 

 などなど……いくつか挙げられますが、筆者が心配なのは3番目の理由に関わる、精神的に離れられない「日本神話」への執着にある気がしてなりません。

医療については、現実的に医療には闇や問題が多くありますが、恩恵を受ける側から見て克服しなければならない核になる課題は、これに集約できると考えます。

この比喩は、医療サービスだけのものではなく、国と国民の関係全般に見られるもので、今ではメディアに煽られて政府に対しては批判の目が行き届いてはいますが、医療に関しては最近の不祥事がようやく大きく扱われるようになった分、その問題と課題が他人事に考えるより、まだ良質の福祉と見る人が大勢を占めています。

 

あながち間違いでは無いにしても、今叩かれている政治と同等のさまざまな課題が蓄積されていると予想され、医療が神聖化されてきた日本で私たちはその未知の課題に踏み込めずにいるというのが現状なのです。

「命に関わることだから信じたい」

 この気持ちは筆者を含め、変えたく無い思いです。

しかし、昨今のニュースが示す次々起こる問題は、こうした当事者になった方々なら医療業界は、けっして諸手を上げて肯定できるような聖域ではないことを、経験を持って知っています。

 

人によっては、語るもおぞましい現状を思い知らされた方もいらっしゃるでしょうが、お察しするとともにこの伏せられがちな現状と問題を、単にメディアで報じられる量を過信すること無く、政治・経済以上に厳しく・公平な目線を緩めてはなりません。

クスリを飲んで、病が改善されることは確かに私たちには有益ですが、がん治療に放射線治療や抗生剤投与が効果を出すというのは、最近では疑問を呈する人々が増えている事実からも、最善と信じて未だ体制変化を好まない医療の姿はあまりに不自然ですが、なぜか看過され一方でいつ実現するか未知数の、一部の医療技術革新に目が行きがちです。

 

もちろん、医療に関わる人たち全部が疑わしいわけではありませんし、結果的に恩恵を受けていることは間違いない事実ですが、医者を含め政治に関わる人たちは、私たちより知能が高い人が従事しており、そう言う人なら国民に善意的な制度を与えてくれていると、単純に信じて疑わない側がいる限り、どの商売もそうですが改善されないのも世の常です。

医療はイメージ的に別格化されやすいですが、民主国家日本においてもれっきとした民間企業体であり、その組織の良し悪しは今注目される政治以上に厚いベールに隠されたブラックボックスという事実は政治以上に「闇案件」なのに、このまま改善もされずに未来に進んでいくのでしょうか?

 

今回は、かなり踏み込んだ内容になりましたが、クスリひとつ取っても関わるものと関わらないものの認識のギャップがある事実を書いてみましたが、「闇案件」のフレーズと合わせ、もう2つ話題語を使って言うならば、

 

「信じるも信じないも、あなた次第、です!」

と関氏のセリフを借り、

 

「ぼぅーっと、生きてんじゃねーよ!!」

と、チコちゃんに喝をいただき、

 

三連ちゃんで流行にあやかりつつ、

自責の念と緊張感(どこが?)を持ちつつ、締めくくりたいと思います(汗)

無くてはならない(2)愛すべきペットの付き合い方、そして始末

今回も、本ブログテーマに直接は関わらないけれど、捨て置けないテーマにふれておきますが、私達の生活に無くてはならないシリーズ第2弾「ペット」についてです。

多くの家庭でペットは、単なる主従関係を超えた「家族の一員」もしくは「生活のパートナー」の存在になっていて、飼う飼わないにかかわらず避けて通れない社会現象になっています。

 

gendai.ismedia.jp

愛するペットを遺して死んだときのため、私はこんな準備をした(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)

 

この現象を考える前に、立場を明確にするためにまずは筆者のペット観を述べておきたいと思いますが、筆者は今ペットを飼わない派?になっていますので、幼少時代以来ペットを持っていないし、今でも敢えて飼わないと決めている立場です。

それに至った由来は、幼少時代飼っていた猫との死別と親の方針(飼えばそのいずれ来る死を多く見る辛さと、所有する人の欲を肯定できないという考え)の影響が大きかったせいですし、同じく幼少時代の体験(心ない大人によって、目の前で子猫を溺死させる姿を見せられた)トラウマもあって、人に関わらず生命の死をネガティブにする傾向があるからであり、必要以上にその生死に関わりたくないと考えるためです。

 

今でこそ人を含めて「生きもの」が与えてくれる温かさやモチベーションの大きさと深さは理解できるようになりましたが、こうした体験から今のペットの不遇の話題はより耐えられなくなっていて、可能性が1%でもあればペットは飼わないという立場を捨てられずにいます。

これは、あくまで私見であり筆者自身がペットの存在を否定するどころか、幸せに生きているであろう多くのペットたちを祝福したい立場であり、それだからこそ家族としての存在になっていることに安堵するのです。

 

私たちは、家族の一員として死との対面を避けては通れないし、そこから学ぶべき大きな意味を得るためにも、ペットとの付き合いは家族同等の意味を持って然るべきですし、その関係はこれからも深まってほしいと願っています。

ただ、残念なことに自分が死に至るとわかった時に、家族として愛玩生物としての存在をも十分に思いやった上で、手軽に入手できるようになった今、筆者がもっとも畏れた不幸との遭遇が、少しでも少なくなることように知恵を働かせるのが、最高の叡智であるはず人の責任であり、温情だと信じています。

 

 

無くてはならない(1)スマホとの適度な距離感について

今回は、直接まちづくりと関係しない話題に触れますが、今では私達の生活に欠かせない存在になりつつあるもの「スマホ」の付き合い方について考えます。

「無くてはならない」2回シリーズの第1弾です。

昨年もSB社のサーバーダウン発生の事件で、スマホの使えない生活がどれほどの影響を及ぼすかを改めて実感したことで、改めてこの便利なインフラとの付き合い方を真剣に考えさせられました。

 

一方で、紹介記事のようにスマホの利用については以前から課題を抱えていて、特に子ども使用時への影響と心配はこれからも様々な形で取り上げられることでしょう。 

大人の私たちも、その葛藤はより現実的であり、引いては経済活動や豊かな生活環境へもつながる、複雑な課題でもありますが、おおむねは利用を歓迎されるスマホと私たちはどう付き合っていけばよいのでしょうか。

 

www.bbc.com

スマホと別れる心の準備、できていますか? - BBCニュース

 

マイノリティな部分からですが、今でもこうした問題を警戒して利用をためらう人も高齢者を中心に少なからずいらっしゃるので、彼らに無理くりその環境を押し付けられない課題もありますが、それ以外の人々がマジョリティ(大勢)であり、彼らの希望はますます叶えられにくくなっていますが、まさにその年齢層の方々こそ介護福祉においてその恩恵が必要になりつつある今、以前からの課題である少子化・人口減による人材不足で、サポートする人も激減しています。

この現実を、次世代の高齢者予備軍は熟知していますが、現役高齢者の方々は時代の早さについて行けないために、参加の足が遅くなりがちで、その恩恵に確実に間に合わない世代については、若い世代に大きな負担になります。

 

支えられる側と支える側の極度のアンバランスは、経済成長や福祉充実への足かせになっている以上、世界でも最先端に居る日本がその何らかの答えを最初に示していかなければならないでしょう。

私たちはあまり慣習的に前に出たり、目立とうとしない傾向が強く、こうした要求に対しての回答に上手く立ち回れないかもしれませんが、逆に言えば小国日本が世界に注目される数少ないチャンスと見る向きもあり、本気で取り組んでけっして損はないチャレンジであるのも、間違いありません。

 

 このチャレンジは、政府や企業はもちろんのこと、私たち個人ユーザーの認識と行動がもっとも試されると考えられ、単なる企業のシェア争いの客としてでなく、スマホ社会のあるべき姿と未来像をデザインする構成員として、とても大きな意味を持っています。

これから未来を気づいていく私たちにとって、AIとネット端末の活用は新しいだけで無く、その付き合い方そのものが私たちの生活向上に深く関わり、誰もが好き嫌いにかかわらず避けて通れない「今そこにある問題」として再認識していかなければなりません。

 

その取り組みを前提にした上で、これから起こるさまざまな課題を考えていく必要があるために、意識でしていない人はいちいち意識してでも生活する習慣を持っていかなければならないでしょうし、もう生活の一部になっている人はスマホと生活とのバランスを取りながら付き合うことになるでしょう。

この無くてはならないモノとの課題が意味するも、忘れてはならない一番大切なことは、情報氾濫するネット社会の中でまた次世代知能として中心になりつつあるAIの存在を利用するなかで、いかに自分に有益な情報を精査できるか、そしてなにより仮想化する未来においてリアルな現実としてこれからも存在し続ける「人間の尊厳と自覚」をどこまで持ち続けられるか?にあるでしょう。

 

そもそもネットやAIは生まれた経緯・成り立ちの違いはあれど、最終的に願われているものは私たち「人」が、降りかかる未来の問題のサポートとして、なによりも人が中心にある社会の向上を望まれて成長しているはずであり、それが望むことのはずです。

その不動であるべき基準からして、現実はその進化のスピードに当惑し、振り回される姿が表している通り問題であり、忘れてはならない目の前の課題なわけですから、その自覚を新たにして、まだ傷の浅い間にそれぞれがスマホとの関係をコントロールするスキルを磨き、このネットというインフラがいずれ擬人化を超え「知的生物」として認知されるまでに、備えなければならないのです。

 

 

名古屋の新「市電」復活と、世界インフラの近未来

今回は、とてつもなくスケールのでっかいテーマになっちゃいましたが、こんな話もいいかなと開き直って書きます。

 

今当に東京では、観光を引き金に物流・エネルギー関連でも湾岸開発が加速しており、関西・中部でも同様な計画が発表されていて、 災害などの厳しい現実の中でも近未来実現への取り組みは止む事はありません。

具体的には、12月に発表された「SRT」インフラの導入の話題が最新で、予てから名古屋やその周辺地域で自称実験を実施してきたとおり、その成果がいよいよ実を結ぼうとしています。 

 

www.chunichi.co.jp

「未来型バス」名古屋市が構想案 リニア開業時開通目指す:愛知:中日新聞(CHUNICHI Web)

 

名古屋市は、かつて「市電」が走っていて、近い将来にその姿が最新の技術によって復活するという事であり、降って湧いたこの話題はなかなか進行しないMRJや木造名古屋城の話題を差し引いても余りある、ステキな話題と捉えられます。 

 

そもそも名古屋圏の公共バス・鉄道網は、関東や関西圏のそれとは異質で、競争原理が働きにくい、限定された企業の中にありました。

その事実は地域事情の現実として変わることが難しかったとしても、それはそれとして新たに加わる新交通システムから、受ける恩恵は十分にあります。

 

加えて、今後期待されるのは東西大都市商圏のように、少しでも公共バス鉄道市場のシェア戦化へのきっかけにもなればと、筆者は密かに期待もしますがそれはさておき、これからITインフラを根幹としたAIシステムが標準導入されていく、国内インフラ市場は、過去のシェア争いを凌駕する道の市場開拓が期待されています。

 

web.smartnews.com

自動運転バス「Apolong」が日本仕様になって上陸へ SBドライブとバイドゥが2018年度内に実証実験 (ねとらぼ)

 

個人的に気になっているのは、オーバーアクションの最近台頭するIT企業の動きと、AIインフラ技術を国策で急激に発展させている中国の他国に対する動きで、特に中国政府の国内民間企業をいつでも国営化できる方針を緩めない事です。

これが、日本のような小国市場で発展するうえでは、競争原理が働き具合がいいのでしょうが、国そのものが巨大な実験市場となる、得意独占市場を持つ中国テクノロジーが捉えようとする、数々の世界市場戦略が与えるインパクトと影響力は、その後の世界のあらゆる過去の実績をもっても、予測しづらい未知の領域だけに、米トランプ大統領の奇行と揶揄される市場防衛策は、むしろ不思議ではないほど緊急性の高い現象であることを無視出来ません。 

 

昨年からのこうした世相の中で、今年はこうした不安要素に対して「ブレない」企業姿勢が問われる年になるように思います。

大枠で国内景気は、昨年来通せば順ではありますが今年になってその実利は現れると予想されるだけに、今年こそ引き締めを進める企業が増えると予想される年でもありますので、政府も2020年への計画を成功させるために、具体的案件を詰めずに大枠の施策を通す姿勢を継続するでしょう。

 

中央の動きが、東京を中心とした日本全体の体裁整えに集中せざるを得ない姿勢からみても、柔軟化が問われる時代において国内市場にゆとりの無さが伺い知れます。

この柔軟化をどれだけ実現するかは、地域の活性進行を地域単位の自力でどこまで成し遂げられるかが、成功の鍵になるでしょう。

 

自然災害の影響でゆとりを見せられない地域の復興には、まだまだ時間を要するタイミングではありますが、30年の平成時代を終え新しい年号の元年となる年は、歴史から見ても偶然でなく、日本の大きな転換点・節目の年であるのは宿命です。

「何かが変わる」年でなく「何かを変える」年であり、その課題は私たちひとりひとり自らが探し、他力本願にせず各々の水際で食い止める、自覚と自制と行動力を示す文字通り「自分が変化させる年」として、今後この国の歴史の1ページに残せるよう、今から計画を結果につながる一年にしたいです。

子どもたちの飛翔の年に、成れ。

少子化の影響が心配されながらも、新しい才能の芽は変わらず芽吹いているようで、和みますが、昨年は子どもたちにとって必ずしも居心地の良い環境ではありませんでしたが、今年は少しでも多くの子どもたちにとって、飛翔のきっかけになる年になると良いですね。

 

www.asahi.com

囲碁の天才少女、10歳で最年少プロに 名人も手腕評価:朝日新聞デジタル

 

昨年も将棋界に天才現るの話題で盛り上がったうえに今年新年早々に、囲碁界でもスーパーキッズ現るの話題が持ちきりで、その他でもテニス・卓球・水泳などスポーツ界でも次世代の若者の活躍が多く出ています。

少子化が心配される中でも、数少ないながらも次々と起こる子どもの明るい話題は、私たちに多くの希望と癒しを与えてくれます。

 

この流れを今年も大人たちはうまく引き継いでいけるように、サポートをしていけるように計画していかなければなりませんが、今年の経済短観は今のところやや下向きのコメントが多く占めていて、ちょっぴり重いものになっていますが、今のところ明るい話題が多く希望が持てるので、年末から続く明るい空気を引き継いでいきたいものです。

 

話は戻しますが、この囲碁界の新星の少女の会見をご覧になった方も多いと思いますが、良い意味で子どもとは思えない凛とした印象がとても強い子だなという印象で、「ちゃん付け」で呼ぶのを躊躇したくなるようなカリスマ性を感じてしまいました。

おそらくこれからも、数は少ないながらもこうした「スーパー・キッズ」が事あるごとに現れ、新しい時代を図る基準や、転換点になっていくのでしょうし、大人たちがそうした意識を強めて、子どもたちを引っ張っていかなければならないと、使命感を新たにせずにはいられません。

 

子どもは「大人社会の鏡」とよく言われますが、その意味ではこうしたスーパー・キッズの登場は、その親御さん・ご家族による努力の賜物である上に、大人社会の向上が前向きであることを示唆しています。

決して楽観視はできない現状ですが、少しづつでも好転する兆しとして、今後も希望につながる話題として、モチベーションにつなげる意味でも注目していきたいと思います。

 

今年も進む、技術大国「ニッポン」の攻めに期待

自動車関連技術やインフラ整備において、国内業界のリーダー的なトヨタ自動車のお膝元に居る筆者としては、少し歯がゆい思いもあるものの、今年もこの国のグローバル戦略は、進行・着々と進化しています。

 世界でも狭小にもかかわらず自動車依存度の高い日本で、個人の利便性以上に地域活性化に不可欠な「交通網の利便性向上」の実現は、かつての政策と併せて大きな効果が期待されますが、その計画の一環となる、航空インフラの利便性と海外へのインパクト向上が実質上の国内ハブ空港で始まろうとしています。 

 

response.jp

羽田空港エリアの自動運転開発拠点を整備へ 国交省が計画認定 | レスポンス(Response.jp)

 

政府は、海外来訪者への利便性や話題性向上に向けてた先行策として、この計画を発表したと考えられますが、地方活性化の影響力がどれ程期待されるかは、この後続くべき国内全体の自動運転化の動きを待たなくてはなりませんが、この事業整備が単なる政治拠点(政治家)分散化の一施策に止まらないことを祈ります。 

こうした航空インフラ関連の整備は、日本のグローバル戦略において重要な要素なのはまちがいありませんが、羽田空港内のインフラ強化だけに止まるものならば、国全体の計画としては、残念ながら価値の無いもになりかねない点に注意が必要です。

 

この段階ではあくまで概要・方針を示したにすぎませんが、この発表の反応を見て政府は具体的な計画を固める事になるので、果たしてこの計画が国民全体にとっての利益に繋がるかを、しっかり見極めねばならないでしょう。

さて、ここまでは問題・課題の話でしたが、このブログで何度も紹介している通り、今はネットワークの一般化によって、過去の事例にとらわれない中央から地方への普及のプロセスは時代遅れになりつつあります。

 

日本の民間企業の多くが東京に本社をかまえることは、これから起こりうる自然災害や世界的視野でのビジネス戦略のリスクとなる時代ですから、民間企業の殆どが会社の体制を大きく見直す必要や、東西南北に伸びる地政学的メリットを生かして地域への拠点分散する構造改革を、規模の大きな企業ほど実施していく必要があります。

その動きは、昨年までに基盤となる通信インフラ拠点の地方分散が加速する事実からも見えています。

 

昨年は、自然災害の連発・通信機器メーカー企業の事件が重なった事は、当にその課題を突きつけられた年と言え、一部の影響を受けやすい企業の拠点分散がみられるものの、まだ多くの大企業の動きは様子見の域を出ていないのは、とても気になるところです。

ただ人材不足の時代とはいえ、久しぶりに景気向上の期待が大きい、ビルや大型設備投資への動きが活発になりつつあるのは、その企業にとっても地域の有効活用への動きは、正常な進化といえるでしょう。

 

今年は、さらにこの良い動きが多くの大企業の構造改革を伴って、更なる景気押上につながることを期待して止みませんし、閉鎖的・保守的な政策が民間企業によって昇華し、文字通り国民の利益につながる循環が始まる年になることを、大いに期待していきたいです。