くろま流 × NAGOYA式 ブログ

地域産業・観光を広い目線から、東海・名古屋あるあるをリサーチ。

「お金」の新しい価値観を持つ世代

毎日のようにニュース番組で騒がれている、仮想通貨を支持する国や人が増えているなかで、その根っこにはお金そのものの価値観へ挑戦しようと世代交代も加速しようとする姿も目立ちます。

仮想通貨を支持しようとする人々の真意はさまざまですが、国内では年金の機能不善への不信感や金融中間マージンへの懐疑的な心理が、その改善の可能性がある新通貨に、その期待が若年層を中心に拡大しているということなのでしょうか。

 

昨今の通貨流出問題などで見えるように課題解決の過渡期ではあるものの、お金の変革は管理が透明化される新通貨によって、既存通貨もつ所有する価値はどのようにかわっていくのでしょうか?

お金をデータ化してお金の流れを改善するキャッシュレス化が進む事で、国内では蓄積されていると言われるタンス預金の、「動かないお金」への実質的価値感が下げられているように見えます。

 

今の所タンス預金が大きく動くようには見えません、あくまで所有者の安心を保障する「保険」としての機能しか持たず、本来流れる事で価値を発揮するお金の機能は、無いに等しいですし、今後高齢化する保有者が亡くなれば、闇に葬られていくお金でもあり、引き継ぎが認められない遺産は国庫として国に吸収されるでしょう。

現状では流動しない不透明なお金に代わって仮想通貨は、利用者全てが管理者となり使用使途の透明性は大幅に改善されていきますが、その一方でお金のあり難みも薄れていくのは、古い世代にはちょっとさみしい気もしますが、時代の流れは変わらないでしょう。

 

あと、仮想通貨によって価値観が変わっていく事で、お金そのものの価値観をも変えていく可能性があって、新しい世代の職業観からもその変化の大きさは垣間見ることができそうです。

お金が流れるのを前提に経済活性化は加速し、労働意欲は増していくと同時にお金の価値が生かされる方向に、例えば寄付や投資をして金額以上の付加価値を求める動きになれば、新しい創造的な起業家も増えていき、逆に昨今の不正流出事件のようにより秘匿性を求めるニーズに偏れば、人を堕落に陥れる引金にもなりませんね。

 

そのためにも私たちはお金の意味を、積極的に変えていく必要があるのではないでしょうか?

今までは稼いで貯めることが一つのステータスという負の面を改善し、創造や生産へのモチベーションを高めるために使う価値観へとシフトすることで、生きたお金の使い道を考えてより有効に財産より付加価値を高めるために、わたし達はお金の活かし方を考える習慣をつけたいものです。 

 

www.businessinsider.jp

「ビットコインは僕らのノアの箱舟」“ブロックチェーン世代”は国にも会社にも依存しない | BUSINESS INSIDER JAPAN

 

新しい世代がノアの箱船と比喩する仮想通貨は、彼らにとってもそれ以上の世代の人々にとっても、閉鎖的な未来感を払拭するものでなければなりませんし、既存の中間的な利ざやを肥やすものであれば、存在する意味は無いでしょう。

現在も新通貨の注目が利益の先食いを急ぐ投機ばかりに行って、その価値をおとしめている現実はありますが、ゲーム感覚で参戦できて勝者敗者の話題が先行して、仮想通貨の本来のメリットや可能性が中々見えてきませんが、今後変わらなければいけないお金の悪いところを、引き継がないように願うばかりです。

 

それでも仮想通貨の可能性は、わたし達特に新しい世代にとっては希望の通貨であるのは変わりませんので、その芽を摘むような企業の動きに注目をしていきたいですし、記事のような新しい発想を支持して、私たちにとって明るい未来が来るように、お金の使い道をよーく考えていきたいですね。

空き家活用、下から目線の限界

昨年あたりから、地方や都会関係なくかつての飽食時代に乱立された住宅の余りがニュースにあがるようになって、その空き家の所有家族が管理に困って格安で手放すという、今までの不動産価値の常識からは考えられないほど、今不動産資産価値の見直しが問われるようになりましたね。

国内の人口が減って遅かれこうなることは、10年以上前から分かっていても国内の不動産神話は維持され、早期に手放すチャンスを失っていたように思います。

 

高齢者や低所得者に空家を貸し出す「セーフティネット住宅」の闇と光 | 医療・介護 大転換 | ダイヤモンド・オンライン

diamond.jp

 その未曾有の課題の影響でしょうか、ようやく自治体もその重大性に気づき、空き家の活用をし始めましたが、結局法律や資産価値の見直しなど不動産業界の、利益の仕組みが見直されていないために、根本的なメリットは生まれていないようです。

日本は海外に比べて、住まいは使いまわさず新築するのが良しとされ、翔れされてきました結果、かつては古民家を大事にしてきた伝統も忘れ、経済背長の勢いに推されるように新築こそ正義の空気を維持してきました。

 

最近では、親世代の家を持つのがステイタスという認識と、それに疑問を持ち出した子世代のギャップは大きくなっているようですが、筆者含め未だ旧世代は時代の変化にうまくついていけない人が少なくないように思います。

たしかに、新しいい持ち家を持つことは人間の心理として自然なのですが、一方で先の計画が政府の方針含め甘かったのは否めません。

 

多くの人がそのことに分かっていたのか目を伏せていたのか、現実今の通りに人の数と家の数のバランスは歪んでしましました。

それが単に数だけの話なら良かったのですが、ただぜさえ少ない国内の土地は必要以上の家と、土地の価値を下げる結果と、利益優先で輸入林材に頼ったことで国内の森林資材の活用はされなくなり、災害時の悪影響にも及んでしまいました。

 

これから日本人の私たちは、かつての国内のアンバランスな利用を改善することができるでしょうか、少なくとも次の世代にこのままこの課題を残したまま引き継がせてもよいのでしょうか。

この問題は、一部の良心的な人々の些細な努力だけでは、決して解決できない課題であり、海外との防衛問題も大切なのですが、利便性のニーズだけで都市部への人口移動に歯止めがかからなくなっている今、政府が利権度外視で国内事情改善など法改正を急がないと、国民は新しい時代に向けて柔軟に動いていけないでしょう。

 

愚痴ばかりを言っていても始まりませんので、景気向上をいいことに好き勝手に国民不在の予算編成に偏らないよう、私たちはより彼らの動きに目を留めておかなければなりませんね。

今の世代が間違ってもしてはいけないことは、次の世代に負債をこれ以上回してはいけないということを、家庭を持っている人に限らず気をつけていかなければならないでしょう。 

 

 

 

 

 

 

特別版 PKO派遣は、日常的ボランティアでは無い

忘れもしない、この事件。

助けに行ったのに、殺される理不尽さは何度聞いても憤る。

 

今、隣国の驚異に警戒感が高まるなかで、長く続いている緊張感やいつ起こるか分からない不信感から、もう起こらないんじゃないか? と本気で思い出す人々も増えているんじゃないかと思える。

 

死んではならない貴重な人材も、戦闘が起これば誰かが死ぬ。

この当たり前の事実に日本のPKOを派遣した政府は、この悲劇によって何を改善したのでしょうか。

 

戦闘とは、極度に非日常的な出来事であり、日常的な感覚や法律では対処できない別世界の現実であり、この現実に柔軟に対処できない政府の対応力は、見殺しに等しい行為だったと反省し、非日常のための法修正を加えたのでしょうか。

 

gendai.ismedia.jp

なぜ日本人PKO隊員はカンボジアで殺されたか「23年目の真実」(旗手 啓介) | 現代ビジネス | 講談社(1/2)

 

戦場へ丸腰で向かわせるなんて、政府関係者の平和ボケにもほどがある。

犠牲者が出たのは日本国内では無く、無法地帯と化した何でもありの戦場だったにもかかわらず、政府は短絡的に派遣部隊に対して、日本国内の法を遵守させ、当然のごとく犠牲者を生んだ。

 

この舞台を率いた隊長は、平和ボケと現地の現実との間で、どれ程に葛藤と苦しみを味わったか、日本法の遵守と隊員の安全確保の両立、これは子供が考えても不可能なのは自明の理。

いくら神に祈って奇跡を期待しようとも、どちらの戦闘員も死なない戦場などありえない、是非とも首相自ら戦場へ赴いてDEAD OR ALIVE待ったなしの現実を、噛み締めてもらいたいものだ。

 

そう、こんな犠牲は二度とあってはならない。

 

戦争が一般化した世界ならば、かつて七十年程前にあったように、〇〇のために命を犠牲にするのもやむを得ないかもしれないけれど、殆どの国々が平和が日常的であり、その中で戦争はビジネス化さえされている今において、仕事として向かう戦場の中で丸腰が原因で死ぬ、などという笑えない事実は、どうそしゃくしてもまともじゃないですよ。

 

大きな戦争で大きな犠牲を払ったから、戦場でも人を殺さない。

 

一見美談で、政府の対外的なスタンスとしては満足度は高いのでしょうが、ひとりの犠牲者を美談で済ませて良いものか?

政府のこの行為は、結局ズルく、あくどい、対面的で政治の中での一イベントだったのだろうという、国民不在政治への不審感を強めただけ。

 

ありったけの知識と経験をフル動員して想像してみてください、

戦場へ丸腰で行けと命令され、いつ撃ち殺されるか分からない状態を、

延々強いられる自分を。

 

筆者だったら、一時間も持たずに直ぐに逃げるでしょう。

いや、誰でも逃げたくなるはずです。

 

PKO派遣隊員は、それを全うしてくる超絶精神力の持ち主なのでしょうか?

そんな人ばかりじゃ無いはずですし帰還後もPTSDにもなる。

 

こんな過酷で非日常な世界に向かわせるのなら、せめて自分を守る手段は認めてもバチは当たらんでしょう?

政府のお偉いさんは、サルでもわかる理屈を自分の身の回りの常識でもっともらしく語る罪、なんだかんだ屁理屈で論議して戦争を政治利用する罪。

 

その罪の自覚なくして、犠牲者の命はうかばれません。

 

 

 

 

 

けしからん! と、ご立腹の前に。戦国武将BL

冬も本格的なピークに差し掛かってきましたね、みなさん寒暖差が大きいようなので、体調には十分お気をつけください。

さて寒いので室内で動画やネットゲームで楽しまれる人も多いかと思いますが、ここで外に出て冬を満喫しようよ!などと、野暮なことを言う程H筆者は人間ができていないので、あえてここは文化を楽しむという体裁で、今回は久しぶりに戦国武将ネタで記事りたいと思っています。

 

yama-mikasa.hatenablog.com

戦国武将のボーイズラブは奥が深い - 読書生活

 

もう少し下火にはなってきたかもしれませんが、それでも戦国武将をこよなく愛する人は、相変わらず女性を中心に少なからずいて、その楽しみ方もバリエーションが増えているようで、歴史好きの筆者としても嬉しい限りです。

ただ、今回とりあげるのは少し毛色の異なるもので、いきなりBLとはいかがわしいことこの上ないとお叱りを受けそうですね。

ただ、まずは戦国武将という所に注目して話を聞いてほしいのですが、戦国武将というキーワードは、名古屋城おもてなし武将隊として県内イベントで馴染みの深いものではあるのですが、最近は同県愛知県の忍者隊などで同門食いにあったことや、戦国時代ブームがひところより下火になる中で、勢いが薄れているのが気になってました。

 

 こうした人気ネタは、女性の活動が大きなウエイトを占めますので、昨今の差別問題も含めて、以下の人気番組中止の話題もからめて、女性の意識や関心・影響度は今後とも増していくでしょう。

セックス・アンド・ザ・シティ続編中止と性意識

未だ女性が功績を上げると「女性」と冠が付く時代に、飽き飽きする。

しかし徐々に変化は出ている。

男性は、女性の一挙一等即が気になって仕方がないのだろう。脳の並行利用がしやすい構造になっているらしく、男性は訓練しないと得られない能力だけに、敢えて逆性差別を覚悟で言えば、ハンディとなり得るのかも知れない。


www.cnn.co.jp

CNN.co.jp : 映画「セックス・アンド・ザ・シティ」第3弾、制作中止に

それでも未だ社会は大枠で男性上位の空気は弱まって居らず、理不尽な思いをしていらっしゃる方も少なくないようですが、国ごとに慣習や歴史背景などの兼ね合いでさまざまではありますが、一時期話題にもなったLGBTは国内ではヒッソリと影を潜めてしまったように、海外の常識であっても現実はそう簡単に根付くものでも無く、今回のBLの話題にしても、マイナーな文化として戦国美少年武将化の流れで、盛り上がっているジャンルのようですね。

 

こういった一見アンダーグラウンドな嗜好・文化は、日本ではなかなか正当化され難い空気はあるものの、継続されているところからして、結果的に問題が多い社会生活の潤滑剤としてしっかり機能していて、逆に古典的な嗜好や文化に固執する男性よりも、新しい創造文化のぶんだけ経済効果は出ているようにみえるのです。

男性が一般的に物理的空間認識力が高いと思われているように、女性は精神的な面での多様な創造力が高いのかもしれません。

 

それは、つとに周りの空気をおもんばかる共感力に優れているからなのかもしれません、感受性が豊かな故にその豊かさを素直に共有できない男性の不器用さが、不当な性差問題を起こしてきたのかも知れません。

BLをマニアな話と煙たがる向きは当然あるのですが、少しだけ目線を変えてみるといい男を愛でる女性心理は当然ですし、どうせ空想なら男性も同性同士共感する姿がBLとなって表現されているのでは無いかと思ってしましました。

 

社会的にまだまだ低く見られがちな彼女たちは、その現実と葛藤しながらも美少年がお互いおもんばかる故に偏愛に走っていく、その姿は単に現実逃避なだけでなく、現実の理不尽と男性への希望としての現れであり、その偏愛の実体がどこにあるのかを深掘りする価値はあります。

 男性と女性の不仲は、社会の生産性にも現実の生活にもマイナスにしかなりませんので、BLに限らずLGBTなどの性の多様性を自分なりに見直す、その上で人としてでなく性別で括ろうとする価値基準が、もう破綻し始めているという事実をじっくり見直すいい機会だと、柔軟に目線を変え始めても決して早すぎることはありません。

 

 

 

AI目線で国内も、就活から自活・共活の時代へ

AIの発達は、これからの仕事の姿に大きな変化をもたらすと、誰もが予感し出す時期に差し掛かった昨今ですが、今すぐというのも現実味を持たないのも実感がわかない今年からの仕事探しは、どのような道を歩んで行くのでしょうか。

 

wired.jp

ジェームズ・ダイソン語る:わたしは可能性ある「若者の未来」のために、給与を支払う独自の大学をつくった|WIRED.jp

 

toyokeizai.net

就活は「大学1年生から」始めるくらいでいい | 就職四季報プラスワン | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

今年も新卒者の就活は、例年より前倒し傾向が加速しそうで、いわゆる「青田刈り」の色をより濃くしています。

AIが単純作業の仕事を、今後奪っていくとささやかれている中で、ヒトの仕事はより知能価値が求められる傾向が高くなる中、集団で乗り切る組織的なビジネスの優位性は低くなり、企業も人材確保が困難になる一方で、組織人としての人材よりも、より個人管理スキルの素質を評価する傾向が高くなる時代に入ったようです。

 

若者は、就業経験が無いままこの人材市場に飛び込まざるを得なくなり、如何に独学で社会性やコミュニケーション力を高めるか、この課題を突破するスキルは家族総出でこのリスクを克服しなければなりません。

今後、AIという新しい仕事のライバルが、どのような動きを見せるのかを、予測し負けない準備を始めなければ、文字通りわたしたちの就活は危機的にならざるを得ません。

 

おそらくこんな話を今しても、

「なんのこっちゃ?」

と、スルーされるとは思うのですが、

そんな時期から訓練し、自分を新しい時代に向けて改善していかないと、来るべく日に間に合わないのが人の悲しさでもあり、AIと比較して最もネックになるポイントでしょう。

今すぐではないにしても、今後企業もAIの有効活用を促進する一方で、雇用形態の見直しを大きく変えて、最大のコストカットを断交せざるを得ない時代に突入していきます。

 

この事実は、混乱を避けるために大きく取り上げられていないだけで、少し考えれば誰もがたどり着く暗黙の事実です。

この不安を避けて通るか、今から少しづつでもリスクを取りながら、家族一丸となって乗り越えようとするか、選択する時間は残されていると筆者は考えているので、今から声を上げるのです。

 

この課題は他人事でなく筆者にも同じ課題が突きつけられています。

かと言って、筆者の立場は上から目線で申し上げているのでなく、同じ目線で呼びかけているのであり、スタートラインを同じタイミングで踏み出したいだけです。

こうした課題を乗り切るに当たって、差し当たりのハードルなりそうなのは、便利で透明性の高いはずのネット情報が、ことのほか国内で入手できる範囲ではあまりにも不自由な点です。

 

企業に就業するのを否定はできませんが、その中でもより自主性を高める自助努力を高める意識は、今後ますます高める必要があり、それに加えて自身のノウハウを恐れず共有できる人のネットワークが、重要になります。

AIに負けないためには、AIのデータベースの基であるネットから見える、人の行動を人が理解していなければならないし、その行動ひとつひとつを柔軟に共有できる事が、とても大事になってくるでしょう。

 

愛知ローカルのチカラ、知立・豊橋の「普通」に隠れているもの

 

昨年ネタで申し訳ないのですが、知立市ゆるキャラ「ちりゅっぴ」の想像以上の反響がジワジワ来ているらしいとのことで、隠れキャラマニアの筆者的にアリだったんですが、残念ながらグランプリは逃しましたねぇ、それでもキモ系より愛らしいキャラは今年もおおいに注目したいです。

さて、地方創生ツールとしてのグルメ産業は、すっかり定着してきましたが知立市では従来の名産品をバージョンアップし、新しい触感を武器に「あんまき」を某地元企業とコラボしてデビューさせ、店でも他のサービスに手が回らない程の人気ぶりだと、うれしい悲鳴が上がっているそうです。

 

gigazine.net

ブラックサンダーが銘菓「あん巻き」と一体化して昇華した「ブラックサンダーあん巻き」を食べてみた - GIGAZINE

 

 名古屋が愛知県で言う西部の「尾張」に位置し、その東側「三河」と言って、明治まで愛知は二つに別れていたワケなんですが、どこの地方もあるあるように、尾張三河もそれぞれが結構クセが強くて、競ってきた関係が今も残っています。

江戸時代以前で言う「国」のなかでも日本は、古くから文化慣習の異なる小国家が数多く存在した経緯を、皆さんもご存知のことと思います。

 

それぞれの歴史を紐解けば、驚くばかりの多様性によくもここまでまとまってきたものですが、日本独自の「和」の文化が奇跡を起こしたと言っていいでしょう。

その今も残る独自性が、今でも「ガラパゴス」などど自ら卑下する批判もしてはみるものの、グローバル時代においてその独自性は、「日本」誇るべきアイデンティティとしてポジティブに向き合えれば、若い人の海外進出を敬遠しがちな意識も、解消されるでしょう。

 

こうした海外へのアピールを、今後いろんな角度からチャレンジしていく動きを、控えめが美徳だった意識を柔軟に変えていく必要がありますが、不器用な私たちにはまだまだ時間がかかるかもしれません。

英語をはじめ他国の言葉に対するコンプレックスが、まだまだ強い風潮が、足かせになっているようですが、その精神的な足かせが若者中心に緩んでいるのはいい傾向で、それが近いうちに他の大人にも普及して一気に解消されそうです。

 

次世代がすべきは、機械技術を武器に切り開いた海外市場をうまく利用して、その周りの食の市場に参入できると、今の世代が切り開いた市場のバトンタッチが効率良くできるのではないかと。

この次世代への正しい教育とは、単に国が教育制度を充実させるだけで済む話ではなくて、製造産業・食産業どちらでもそれぞれの「良さ」と「課題」を、学校や職場で教えるだけの、従来の枠から身近な「コミュニティ」や「サークル」を通して、日本人が得意とするきめ細かい情報共有を、充実できるかに重きをおく時代に突入しているのではないでしょうか。

 

一見、ネットやメディアの乱立で、画一化や都市部有利な情報の中でも、アナログではあっても「つながれる地元情報」といった身近なローカル情報が、けっこう私たちの心をアツくさせる経験は少なくありません。

グローバルな目で見ていけばいくほど、田舎臭いとか泥臭いローカルネタは、その開拓に大きなヒントがもっともっと隠れていて、意外と新時代を生き抜く大きなヒントは、目の前にある「普通」なものを、当たり前の目でなく今も存在する意味を、もっと集中して観察しなくてはなりません。

 

お母さんが頑張り過ぎない社会

www.buzzfeed.com

幼児教育無償化がもはやカオスに。本当に子どものためになる政策なの?

 

おむすびを美味しそうにほおばる尾野真千子さんの演技、彼女の飾りのない演技が印象的な電気釜のCMは、皆さんどう見ていらっしゃったでしょう。

こんな記事を見つけて、記事る気になったのは単なるCMの中には、日頃私たちの心に引っかかっているコトが、たくさん詰まっているので、特にこのメーカー推しということでは無く、料理家の重鎮土井さんのセリフがキャッチーで、このシンプルさから自分の身の回りを見つめ直したかったからです。

 

withnews.jp

頑張りすぎなお母さんへ「ごはん炊けばなんとかなる」 土井善晴さん - withnews(ウィズニュース)

 

お米を炊いて作るご飯は、日本人の生活を大昔から現代まで、支えてきた万能な食材ですが、昨今食材の選択肢が増やされたことで、日本の原点がぼやけているように感じていました。

その中で、この「ごはん炊けば〜」のコピーは、私たちはの祖先を含めて様々な困難を乗り越えて来た基礎になる、食の原点がピントボケのような状態から鮮やかに蘇ってくる説得力を持っています。

 

これは私事ですが、幼い頃に母が何か食材に困った時には、いつも大きなおにぎりを作ってくれたのを今も思い出しますが、母親の手で握るおにぎりには、少なからず日本人なら同じような思い出があると思います。

現在は富める日本ですので、さすがにコメと塩だけということはないでしょうが、暖かいご飯があれば、それに美味しい具材が一品でも加えられていれば、それだけでごちそうになる事を、私たちは経験則で知っています。

 

今では白米からできるおにぎり文化は世界に広まっていますが、私たちの家庭で編み出された秘伝のレシピは、それぞれバラバラでも違和感なく共通の財産として、共感できる程の他国に真似出来ない、アイデンティティになり、象徴と言っても過言ではありませんね。

その食の原点の、ごはんは氾濫する食の情報の中では、日本人にとってベンチマークであり、パン食が盛況な時代においてもおにぎりは、おふくろの味であり続けて欲しいと思います。

 

だからこそ、富める時代と言われ始めた今こそ、その原点を思い返そうと呼びかけるキーワードであり、貧しい時にこそ身の回りを見つめ直し原点を見つめ直す、シンプルなメッセージだと思います。

日本人は、歴史的背景からも受け入れることがとても器用になった民族ですが、西洋の食文化を躊躇なく受入れ、燃えやすい木造住宅を省みて西洋の難燃住宅を無尽蔵に建て、海外の宗教慣習を新しい祭りとして盛り上がる、柔軟性と器用さがあります。

 

この先その器用さをもってしても行き詰ることはあるでしょうが、それを乗り越えようとした時に、私たちが目に思い浮かべるのは日本の原風景であり、助けてくれるのは世界に誇れる、工夫する知恵のチカラです。

おそらくこれからも、自然の恵みの中に神を見出した祖先から受け継いだ感性が、多くの難題を切り抜ける糧となってくれるでしょうし、そのシンプルな原点とそこから受ける恵みを忘れてはならないのでしょう。

 

「ごはん炊けばなんとかなる」

 

上出のCMのキャッチコピーが掲げるこの言葉がとてもシンプルで、でもこんなに日本人の心を温めるものはないとかんじましたし、それ以上に思い返してほしいのはこのポジティブな「開き直り」が、困難にあえぐ日本の人々に届いて、乗り切る原動力となってくれることです。

ご飯は日本人にとって「銀シャリ」の言葉があるようにとても特別で、私たちの心に根をおろした永久不滅のシンボル的な食材で在ってほしいと心から願うのです。