くろま流 × NAGOYA式 ブログ

東海・名古屋からまちおこしヒント探し始めて、結局国際経済のしくみに行きついた

政治の話は閲覧数下るけど…些細な幸せのために、政治と政治家は別物と言うハナシ

あなたこそ政治家に相応しい、世相を正してほしい、とか熱望されるコメントが、著名なインフルエンサーの発信にされることがありますが、そもそも政治問題や政治の仕組みの根幹的な部分に現役の政治家さんたちは、何の影響力も示せない現実がある限り、政治家に成れても今すぐ実力は発揮できないと言うハナシです。
今中国やアメリカ等で起きようとしている、経済や政治の未来への変革は、すでに何十年も前に計画・決定され、施行されるまでに周到な準備と莫大な投資がされた上で、とてつもない規模で動き出すものと筆者は考えていますので、今から政治家になっても変えられるとしても、速くて2・30年先になると言うしかないでしょう。

仮に運よく一部の小さな法案が通せたとしても、本来の大局には影響のないものに限られ、進行に抵触する法案が簡単に通るケースはほぼ無いと思った方が確かで、一見通ってもそれを上回る規模のアンチ案がすんなり通って帳消しにされているのが関の山です。
私たちが変えられるとすれば、民意を言動で政治の実行者、つまり現役の政治家に示すしかない訳で、それでも彼らが変えようとしなければ、元の木阿弥であり政治に時間をかけられた分、国民も時間をかけて人材を育てるしかないのでしょう。

この結論を出してしまうと、話が詰んでしまうし見通しが暗くなってしまいますが、大規模デモや革命でも起こさない限り、急変することはあり得ませんし、それらさえ鎮圧出来るようにどの国家も軍や警察には、日頃から莫大な予算を投入して保険をかけているわけです。
いったん決まっている結論を止めたり、方向を変えるという行動は、物理学的に考えても相当のエネルギーが必要なのと同じに、いったん決まった政治的方向性・ベクトルを変えるには、同等以上の手間暇・人材が要るのはご理解いただけるでしょう。

さらに日本は、その政治決定権がどう考えても国内でなく海外にある可能性が高い上に、日本人そのものが事なかれ主義であり保守的で慎重なので、動き出すのに他国の何倍も手間暇がかかりますから、政治動向にせっかちな人は海外へ移住したほうが精神衛生上は幸せかもしれません。
冗談はさておき、政治と政治家は同じ文字が含まれるので、同義に思われがちですが実は既に別物になっていて、その分かり難さが多くの国民の混乱と誤解を招いている事に、お気づきの人は多く無いのではないでしょうか。

政治は国や世の長期的な利害関係を確定し、それに必要な資金確保と人材物資を揃える計画の事で、政治家とはその政治の決定事項に破綻が出ないよう監視見守りをする雇われ人、と解釈すれば混乱も少しは無くなるのではと思ったりもします。
その上で、先のような今から有能そうな人を政治家にして、今すぐ民意を反映させようと考えが、いかに時遅れかがご理解いただけるのではないでしょうか、陰謀論者がこの現実と理想のギャップを鬼の首を採ってきて、さも極秘情報の様に加飾したり、どや顔するのも何だかなという感じさえします。(あくまでファンタジーとして楽しむ分には歓迎ですが)

私たちが学校で習い教科書に書いてあった政治の仕組みが、そのように書いて無かったのは、スポンサーに配慮したのであろうし、それを真に受けさせられる私たちは疑いもせずに議員立法制を正当に評価し、いつでも民意を反映できると今でも信じて安心しきっていますが、おそらくこの制度が作られる前から、資本力の差で政治は決められる現実は、なんらアップデートされていないのではないでしょうか。
もちろん一介の平凡な日本国民である筆者にはそれを実証できるわけでもないし、煽る気もありません、たまにこの手の政治的陰謀を論じた出版物を書いて収益にする人もいらっしゃいますが、それはビジネスであり否定もしません。また娯楽で読むことはあってもカネにする気もありません、完全に証明出来ない情報をカネには替える根性は無いからですw

ここで初めて陰謀論的な話題と重なってきますが、この現実の立証は不可能な時代であるから、陰謀めいた話にされてしまうだけで、木を隠すには森に隠せと言うのと同じで、現実は非現実な話に混ぜてしまえば、余計な不安も誤魔化せるという、ひとつの事例なのかもしれません。
筆者にとって、陰謀論の話題の中でUFOの存在やNASAは月に行っていないなどの話はどーでもいいですが、最近の露骨なグローバリズムの台頭が資本力の差に依存している事は疑っていないので、陰謀論の中の事実に係る情報は、日々の政治・経済ニュースと同等の重要な価値があると考えていますし、日々の生活に欠かせないものとさえ思っています。

これを言えば身もフタもないですが、その現実はもうすでに私達レベルでは明らかには出来なくなっていますし、暴露できても世界を変えられる訳でもないでしょうが、事実は正しく受け止め承知したうえでなら、少しでも自分の生活を向上するのに役立つでしょう。
私たちには”政治”を変えるチカラはありませんが、なにかのチャンスは訪れるかもしれませんし、変わらなくともより良い政治の方向性に沿った生活は、納得した範疇ではストレスの少ない人間性を保った人生をおくる、最も合理的な手段として活かせるように、事実を出来るだけ正確に知ってポジティブに利用したいですね。