くろま流 × NAGOYA式 ブログ

東海・名古屋発進 まちおこしに求められる情報を、幅広い時事から考える。

Youtuberが生む画一的な職業観と可能性

ネットを使って誰でもいつでも、環境さえあれば始められるYoutuberという仕事に、現実的な厳しさが見えている子どもにとって、とても魅力的に見えるのでしょうか、今でも引く手数多の人気のお仕事のようですね。

始めるにはむしろ省リソースで筆者も賛成ですし、経験の少ない子どもにとってもリスクが少ないのですが、問題はこのチャンスを短絡的なお気軽低リスクのお仕事と誤解していなければよいと思います。 

 

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"夢はユーチューバー"と言い出す子の末路 | プレジデントオンライン

 

Youtubeがもたらした新しい商業エンタメの影響力と恩恵は絶大なものですし、むしろ活かし方で既存のメディアの影響力をコントロールできる点でも買っています。

すでに乱立する新メディアの中から、個人立ち上げでもその流れを変えようとする発信者も出てきていますし、旧メディアの問題を引きずるところもあるにしろ、何より視聴者側の選択が生かされやすく、スポンサーの影響力は制限されています。

 

もちろん、子どもの自分からこの職業を目ざすのは悪いことでないのですが、課題は子どもに情報発信できるだけの経験値と個性が心もとないところに、その最終目的が「収益」であるなら、失敗した時の反動が大きいのではないかということです。

基本通信機器を持ってさえいれば無料で始められるので、始めながら人生経験を積むことはできますが、特に親御さんが収益に先走ると子どもは親に倣って、仕事=夢でなく金と刷り込まれてしまう恐れがあります。

 

本来仕事のきっかけは、大人ならまだしも子どものころなら金よりも動機だったはずで、人の才能や能力は限定されない自由な環境において、最も伸ばせるものでもあるはずですから、むしろのびのびと多方面で経験値を増やした方が、将来有望な発信者になり得るはずです。

始めるお子さんの年齢にもよるとは思いますが、子どもの意思が固まった時点で利用するにはとても有効に働きますが、それ以前に利用すると限定的になりやすいため、それ以降の可能性をとてもネガティブに考えやすくなるのではないでしょうか。

 

理屈より結果を出してさえいれば親子共同で人気Youtuberになれるのも事実ですし、始めなければそれが良い選択かどうかは人それぞれには違いありませんが、公開される以上は必ず見る側の評価の対象にされるわけです。

皆がやっている安易さや右ならえで始めても、見てさえ貰えない方が圧倒的に多く、挫折し稀有な個性を消してしまうなどその後の悪影響のほうが怖いし、そのメンタルバックアップも含めた家族の全面的協力が大前提です。

 

その体制を持てるのなら、むしろ家族のつながりを高められ、さまざまな経験を積む意味でもとても有効な手段になりますし、結果的に収益化できればさらにモチベーションが上がります。

Youtubeは、実社会の仕事と同様競争も働きますが、お互いに高め合うWINーWINの関係が作りやすいメリットもあるようですから、自分の手持ちの価値ある玉をどれだけ育て磨けるかによって、より良い相手と高め合う絶好の機会となる、ネット社会の利点を最大限享受できるでしょうね。

 

今巷ではAIの進化が人の仕事にどの様な影響を与えるのかが、とても関心を持たれている様ですが、そもそも仕事というのが与えられるものでは無く本来創るものである本質からして、Youtuberは仕事として始めやすいものです。

始めはいきなり仕事としての意識は、ほとんどの人(子ども)は持つことはないでしょうが、人が仕事を持つプロセスはそういうことなので、子どもの頃からそのプロセスへの経験値を積めることは、とてもラッキーのだと思いました。