くろま流 × NAGOYA式 ブログ

東海・名古屋発進 まちおこしに求められる情報を、幅広い時事から考える。

何も無い、と言う選択肢

地方の創生を普段から書いていても、地方の良さは理解できても、都会の便利さが捨てられるものでも無く、週末にドライブや旅行で満足して終わるのが普通だと思うのですが、これからの日本は人口減少が進んでいく中で、数の論理は効果が薄くなってゆき、私達も働き方や生活スタイルの大きな見直しをする時代に入っている気がします。

ITの急速な発達で、距離によるハンディが小さくなる一方、人口集中することによる問題や事件から、ストレスやリスクが増える傾向は大きくなって、地方の生活を選択する動きが注目されています。

 

では、田舎で暮らすという事は、どういうことなんでしょうか。

狭い世間では意外と周辺の意見を無視して行動することは、往々にしてタブー視されがちでも、最も自分の生活に心地よい環境の選択を検討するのは、今後の人生を豊かにできるかを大きく左右しますから、敢えて多くの便利さを捨てて心を無一文にする選択を敢えて取る人が少なからずいらっしゃることは、良い傾向だと思っています。

 

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地方創生×ITで何が変わる?(6) ICTを活用した遠隔授業で必要なこと - 地域の魅力発信が人材を育てる | マイナビニュース

 

当初は、定年などで社会リタイア した世代が余生を楽しむために地方移住する選択肢から始りましたが、この三十年ほどの低成長時代と人口減少の時期に、積極的な若い世代や家族による、地方移住の選択肢が注目されてきました。

十分な資金と自由な時間を使える高齢者層とは異なって、現役世代の移住は数多くのリスクと課題が山積していて、検討をするその多くが挫折し都市部へ集中する悪循環が生じています。

 

折角都市部にマンションを購入し満足されている諸氏に悪循環などと表現するのは、心が痛むのですが、もちろん都市部を選択することが悪だと決めつけているのでは無く、選択として正しいという点は予めお断りしておきます。

その一方で、その恩恵を敢えて捨てて地方に移住する選択をする人が、減らないのは一考の価値があると考えたわけで、ではその選択を果たすことでどのような恩恵があるかをじっくり見てみたいと考えたのです。

 

その恩恵とは、様々あげられるとは思いますが筆者が注目したいのは、捨てる選択を選んでいるという、一見矛盾した理由を選んだ人たちが移住をするケースで、彼らが飽食の自由社会を敢えて捨てて、それらの恩恵が何もない場所へ身を置こうとする意味を考えたかったのです。

この行動は、筆者のメインテーマである地方創生にとって、重大なインパクトをもたらしますが、何もない選択肢を選ぶとはどういうことなんでしょうか。

 

 戦中戦後、選択を赦されない時代に生まれ育った世代にとっては、物が溢れる成長や集中こそ正義であり目標だったわけですが、その立ち位置に立つ者にとっては敢えて何もない選択肢は、非常識そのものでした。

しかし生まれながらにして平和で豊かな時代に生まれ育った世代が増えたことで、その世代はもちろん、前世代にもようやく原点に帰るゆとりができたということであり、後世代にも束縛やしがらみなどから抜け出す選択肢として成立したわけです。

 

日本の気質は、どうしても2者選択の機会にどちらかを選ばなければ気が済まない厳格さが起きてしまいますが、本来どちらも正義であり悪など存在していないので、どちらが優位性があるとか何を不便とするのかの基準は、柔軟に判断すれば良いことになります。

筆者の住む名古屋は地方の一つで、地方に有りがちな行きたくない都市にもあげられましたが、一方で一旦落ちつくと住みやすいという評価で定評があるのも事実です。

 

幸せの価値が多様化される時代に、人口減少で家あまりが問題化される現状を、安全性と安住の地を選択するメリットに置き換えて、それ以外の便利さを捨てて移り住むのは、時代のリスクを積極的に採る前向きな生き方です。

都市に住む選択をした人は、金で買うリスク回避をしたということで有り、後追いでそのリスクを分割払いするスタイルであり、地方に住む選択をした人は、先にリスクを負って環境に馴染ませながら、恩恵に順応していくスタイルだと言い換えられるのではないでしょうか。

 

住う場所によって一長一短あるのはどこでも幸福度の確率は一様であり、その選択と行動による恩恵とツケもバランス良く跳ね返ってきますから、敢えて何も無い選択肢を取るということは、自分で原点から考え直そうとする勇気であり、人生の創造を地力で行う価値観につながっていくのでしょう。

何も無いところに身を置く人生体験は、焼け野原から今を作り上げた世代の思いを知ることに繋がりますが、現代なら全くの一文なしで無く彼らの手助けを借りながら、日本の原風景の中で、比較的安全にその原点を見つめる事に魅力を感じた人がいたという事なのかもしれません。

 

繰り返しますが、都市部に住むことは恩恵を先取りすることであっても、勝ち組でも優位性でも必ずしも無いという考察を一度は通るべきでは無いでしょうか。

過去に作られた常識や価値観は、自称勝ち組の都合による幻想でしか無いのかもしれないのですから、それを敢えて逃れて自分のルールと価値観を創造することは、非人間的な技術やルールを根本的に見直すには、とても効果的な選択肢とも言えるのではないでしょうか。