くろま流 × NAGOYA式 ブログ

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けしからん職員がハマった、孤立と圧力のポケット

 保護すべき市民を一旦保護しながらも結果的に放置した職員の、判断と行動は決して理想的とは言いがたいですが、彼の判断をまるまる退け、処分するのは簡単でしょうが、それで終わってしまうほうが、もっと問題でしょう。

そして一方では、背に腹は代えられない現実があったと答弁する事情を、版をおしたように批判するのも、この問題を複雑にしかねません。

 

mainichi.jp

いったん保護した高齢男性を深夜、雨の公園に放置 愛知県職員 受け入れ先見つからず - 毎日新聞

 

 

 市民目線で見れば、いかなる事情があっても、人道的措置に乏しい行動でしょうし、行政側からすれば、縦割り行政のままならないダークサイドの末、当時とれた現実的な苦肉の策だったとなるに決まっています。

人の命は決して軽んじてはならないし、倫理的基本は避けられませんが、現実として放置されなかったとして生命を維持できたか、誰にも証明出来ないし、この事例はその倫理的な人権保障の根本を揺るがす致命的な問題を抱えている、一事例に過ぎないと思えます。

 

この対比として、今中国政府がとっている国民(政府が主張する周辺国の市民も含む)への対応で見るとわかりやすいが、人権保護の意識と実際国が持つ関連保護法の実効性とは、基本関連性は無いという事であり、国民から見れば保護法の充実度と実効実績は、むしろ有効に働かないという実感が正しいと言わざるを得ず、この実効性の確度をあげる結果を出さない限り、解決できません。

さらに、この問題をのニュースメディアが代弁したとしても、市民の目立った行動がない限りは、根本的対策へ動こうともしないでしょう。

 

これが、私たち有権者が選んだ現実ですし、対処療法でその場を切り抜けようとするだけで、改善行動力の無い議員の温床をつくったと言って、言い過ぎなのでしょうか。

有権者は要望だけ投げかけ、実行責任とリスクは自治体に丸投げした結果、ますます自身を追い込む結果につながっている現実を、さらに責任を押し付ける悪循環が続いた結果が、これです。

 

世間体をこれだけ気にする国民性のある市民が、そもそもその高齢者に気づかなかったのでしょうか、証明はできませんがこれも氷山の一角でしかありませんし、田舎では今でもその世間体を気にする行為が、お互い様を助け合う結果につながる風習が残っているのは幸いです。

都市部ではそれを悪く捉えがちで、他人から監視され 干渉されるのを嫌う風習が重視されるのは、個人間の接触を極力狭め、判断力の孤立化を促進する結果につながっています。

 

大雑把に見れば、世代のごとに徐々に変えられて行った教育と道徳観の些細な変化が、今ではとてつもない差に膨れ上がった現実に戸惑う人が多く、行動表現ベタな国民性が拍車をかけて、ますます疑心暗鬼に陥る悪循環を生んでいると、筆者は分析しました。

都市部でも、相変わらず田舎の道徳視観で世間と接しようとする人も少なく無いとはまだ思っているのですが、目立った表現を避けがちな国民性が、奥ゆかしさとういう日本的な判断よりも、消極的という西洋的判断がまかり通る傾向は、田舎へも世代交代に比例して蔓延するでしょう。

 

そうした現実を知っているはずにも関わらず、行動に出さないばかりかむしろより消極的になり、ますます人から差し伸べる手を取ろうとしない気質は、ますます度を越して行くように見えます。

ニュースで騒がれる無関心や孤独死、いじめや虐待の原因の根はこの消極性の結果に他なりません、唯一勇気ある功労者は称えるだけまだ救われますが、日本人の行動力自体は本当に美徳で済ませていいものか、それは政府も報道でも教えてはくれません。

 

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今筆者はいつものように、週末ピーク時ぬスタバで記事を書いていますが、マスクをしているのは筆者だけですが、一見上の事案と関係の無いこの現実が示すのは、単なる個人の判断の結果なのでしょうか?

そうであれば筆者は単に変わり者で済まされるだけのことですが、そうでないとすれば日本人は何に対する行動表現で何に忖度しているのか、もしかしたら足並みを揃えない方が日本人にとってはとてつもない不安であり、何を差し置いても避けたい驚異なのかもしれません。

 

筆者は、この適度に心地よいざわつきの中で、ある意味究極の状況に立たされている中で、未だこの事を警告すべきか、従うべきかの明確な意思を示すのが、恐ろしくなる実感を持ちました。

海外の人たちが好む明確な意思表示と行動は、結果さえ出せればとやかく言うことではないのでしょうか、この国から離れていく人たちがどこに絶望し、行動を共にする事に限界を感じている現実を実感しますが、これも郷に入れば郷に従えと言うことなのでしょうか?