くろま流 × NAGOYA式 ブログ

地域産業・観光を広い目線から、東海・名古屋あるあるをリサーチ。

当事者であるほど、見えないかもしれないリアリティ

お子さんをお育て中の親御さんには、一見ディスるかのような表題は少々挑発的に映るかもしれませんが、日本の教育の仕組みが、前々から問題点が多いと指摘されていて、公立の価値に疑問を持たれていたのは、有名なことです。

実際に、公立学校で実質文科省が推す教科書は、実際に目を配って見ても最低限の無難な情報しか網羅されておらず、記憶が重視される試験システムが一般化し、終われば実用以外の知識ほとんどが忘れ去られます。

 

web.smartnews.com

宿題・定期テストは廃止! 驚き公立中学の秘密:カンブリア宮殿 (テレ東プラス)

 

上の記事のような、現状のものより結果をだしている諸々の教育システムが注目されるのは、現在のそれがいかに旧態依然で、時代に合ったリニューアルがされてこなかったかが、認められているようなものではないでしょうか。

筆者は、学び方には基本個人の自由な発想を重視したほうが、結果が出やすいことは、自身の経験上知っています。

 

こういった記事の多くが限定されたメディアから発信されることは、最近注目されていて、本来理想とすべき日本の教育や歴史を始め政治や文化にまで、干渉をおこしていますが、他国の人が意見する以外に国内の知識人とされる人々の中に、少なからず居います。

それらのいわゆる権威・識者たちが、一般の人たちには誤解を生み標準化を好む私たちにとって、表現の自由という多様な解釈ができる決まり文句で、実生活上大切な議論を阻害した上に一見似通った考えに変えられるケースが多いことに注意して、考えを常にブラッシュアップしていかなくてはならなくなりました。

 

www.asahi.com

「表現の自由」制約の恐れ 補助金不交付に憲法学者は [「表現の不自由展」中止]:朝日新聞デジタル

 

特に深刻なものは、子ども教育において顕著な公平性を欠くような偏重に注目していますが、よほど注意していないと受け入れてしまいがちな意見や誤解を招きやすい情報が、なぜか国内で正当化される慣習が消えないということです。

こうした課題への対処には、各々の過剰な自負をセルフチェックし幅広い同じテーマの記事を複数比較しなければ、見失ってしまいますので、この習慣を身につけるまでが意外と大変だったりします。

 

 こうした実感を、すでに体験されている方も多いかもしれませんが、一方でまだまだ多くの人が年齢・経済的事情などにより、難しいと考えられる経済の状態は、今後も徐々に進んでいくと予測されます。

情報過多のネット情報社会において、多くの情報を高速に処理判断できる者が優位に立つとされている現在やこれからにおいて、カイゼンを諦めたくない人たちがすべきは、企業のようにはいかないにしても、柔軟な情報環境を境遇に合わせて、可能な限り集められる体制をどう作っていくか、そして自己判断を優先してぶれることなく向上していけるか。

 

私たちは学ぶ習慣を身につけるために、常にリフレッシュできる心の状態を持つよう心がけたいですが、それをしなくなってきた自分に気づいたら、危険信号だと自覚したほうが良いのかなと思います。

その後のリカバリーの仕方は、人によって様々だと思いますが、参考として自分の弱みから目を逸らさず、ぴったりと寄り添いながら対策を組み立てた方が効率がいいかもしれませんね。