くろま流 × NAGOYA式 ブログ

東海・名古屋からまちおこしヒント探し始めて、結局国際経済のしくみに行きついた

「愛国心」が悪者呼ばわりされる呪縛に囚われ続ける人へ

今日本に居る、高齢者の一部を除いては私たちの多くが戦後生まれで、教育もそれ以降のGHQらが策定した指針に基づいて決定され、交付を受けて教科書を作っているはずですが、第二次世界大戦の日本の立場については敗戦国=賠償国であるために、戦勝国に後塵を拝する劣等感、それに加えて愛国心を悪のように教育を受けることになります。

これを筆者もそうでしたが、平和は戦わないことで得られ、豊かになればもとの立場に戻れると疑いませんでしたが、実際そうではなく、平和は言われるままに金を出して見逃され、豊かになろうとしても認められず搾取されてきた歴史を、見せつけられただけでした。

 

その間に、アジアの先進国としてリードする立場であるはずのスタンスは、幻影とばかりに後進国に追い抜かれ、人口減少期とも重なって、一時期のような勢いも衰えて行き、気がつけば日本はさして注目度も低いありふれた小国となりつつあります。

この成り行きに危機感を持って動いた一部の日本人だけはま逃れても、他国の作ったプログラムを疑わなかった者は、これからも騙され続けるでしょう。

 

今ここで、誰がそうしたとか探っても後の祭りで、既に亡くなった者も多く責任追及には限界がありますが、何よりも対応策を考えようとしない、もしくは他力本願に陥る人が多ければ、更に足を引っ張ることになりかねない現実です。

年金破綻問題はそのわかりやすい一例で、今払っても自分には将来回って来ないから、払わないというのも対応策を考えない典型でしょう。

 

そうなるに至るに、時々おかしなことを言う政治家や議員の発言に、無視せずに呆れて政治離れしてる人は、目先の変化に従いやすくなりますから、真っ当なことを実行している議員を支持し、政治に積極的に口を出さない限り、改善されてはいきません。

往々にして、SNSで言いたいことを書き込めば、なんとかなると思い込んでいる人も少なくなさそうですが、SNSは遠隔で議論を闘わせることには有益でも、政治家に声が届いているとは限らず、むしろアナログ派議員には、不都合な話は届かない分好都合でしょう。

 

さて、日本の戦後教育プログラムでも、オールドメディアの記事の扱いにしても、私達には日本の良さは享受できないし、一時期は日本を見捨てて海外移住する話題もオールドメディアで出ましたが、そんなに日本は魅力のない国なのでしょうか。

そうでない証拠には、日本の原点回帰を顧みようとする動きが活発化する国民の努力は失われておらず、規制はかけられても、風習はできる範囲で繰り返し、神社には毎日お参りする人は絶えません。

一時期(今でも?)日本語変換機能で漢字誤変換で、中国文字が出たり、細かい工作が散りばめられてはいますが、私達は思う以上に日本人としての自覚を持って、生活できているように見えます。

 

アメリカが敷いた、弱体化の仕組みはこの先日本人の手で消滅させなくてはいけませんが、まずはウイグルで実行されている民族消滅化のプログラムに関心を持って、中国周辺国への応用の動きを中止しておかなければならないでしょう。

まずはPC・スマホIME変換での、WindowsAndroidでの日本語特有の変換には言葉の中国化の傾向が既に見えていますし、米メーカーによるIME変換が改善されないとなると、ちゅうごくだけでなくアメリカも疑わざるを得なくなるでしょう。

 

いずれにしても、戦勝国であった国々には、戦争当時の日本人の行動は脅威であり・その集中力と結束力そして”愛する者を護るためなら、命を惜しまず捨てられる覚悟”を躊躇なく行った日本人の潔さに、恐怖さえしつつも、この根っこを支える精神を、永続させることへの危機感を刻み込んだ結果、日本人を弱体化させる計画の実施に踏み切らせた、それ程の高い精神力を日本人は持っていたのです、それは西洋諸国がするような威圧や攻撃では無く、民主的な合意をもって成し遂げる、平等を支える心の広さです。

わたしたちは、その英知を戦後の教育や西洋・中国文化の浸食で忘れさせられ、ただの木偶の棒に変えられつつある、その危機感に気付いて日本人としてあるべき姿に返り咲く、そのためには日本の歴史や文化を再評価し、希少民族の淘汰から救い出す動きを広め、アジア諸国の西洋・中国傀儡化から自由にする使命を日本が成し遂げようとするときに、日本の復活は達成できるのではないでしょうか。