くろま流 × NAGOYA式 ブログ

東海・名古屋からまちおこしヒント探し始めて、結局国際経済のしくみに行きついた

政府の地方創生からは起きてくるの? 地元復興の在りかた

 

  このブログでは「地方創生」に関わる記事を多く紹介していますが、そもそも地元の「復興」や地方を「創生」するとはどういうものなのか、一度ここで筆者なりに見直してみたいと思います。

 

 

 さて、その意味を辞書を引くのは簡単ですが、通り一辺倒の解釈をしたくないので、筆者なりに理解するにあたり思うのは、「創生」という事は地方の何かを「つくり直して」「新しく生み出す」行為なんでしょうけど、正直この意味する「ポジティブ感」が余りにも先行してしまって、ヤル気になっただけで続かず、モチベーション切れして終わってしまいそうな印象が拭えません。

 

 なぜそんな気になるんでしょうか?

 恐らく過去の実績がそうさせるのかなと思えるのですが、そもそも地方創生をするのは地元の自治体が、何らかの形で関わってくるわけですが、創生の発起人が市民であっても自治体であっても、フィルターになる役所の判断一つで白黒つけられてしまうのです。

 

 その役所が今までと違う革新的な方針を立てている自治体ならまだしも、普通活性化出来ない自治体は元来の保守的体質が改善出来ていないから、いくら創生企画を出しても通る筈がないという事です。

 

 更に厄介なのは、せっかく何とか通った新企画を「既得権益」や「成果主義」といった、先ずは美味しいところを先に吸い上げようとする縦割り社会の洗礼を受けて、旨味が無くなると自然淘汰されてしまう現実です。

 

 若い世代が旧来の政治に関心を持たなくなる原因ともなっていて、地方創生の御旗を掲げるには、その自治体自体の根っこに居座っている空気を変える必要がある事が多いように思います。

 

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昨今、石破さんだけ孤立してるように見えるのは筆者だけですか?

 

 

 まず、こう言った問題を抱える自治体とそうでない自治体は決まっていて、その違いは残念な事に地元の人や企業との繋がりが強い程、新しい取り組みへの抵抗が強いというジレンマがあります。

 元々、今もてはやされる創生は中央政府が掲げた御旗であり、それに乗っかって地方が政府の施策に準じている状態で、本来の地元主体のものとは別物であり、文字通りの地方創生としては心許ないのが現状のようです。

 

 こう言っては何ですが、日本は歴史的に中央集権化の強い国ですから当然に見え当たり前の間隔が幅を利かせていますが、ただグローバルの目で見渡せばそれが当たり前では無いと言う事実に気が付きます。

 

 その目線で国内を見ると、関西で起こった大阪都構想のムーブメントは、革新性があったと評価の余地はあるでしょう。

 日本の縦割り気質がその改革を全力で潰しにかかったのは、まだ記憶に新しいところですが、その成就の後で現政府が「地方創生」を声高に掲げたのは、深読みしすぎかもしれませんが、そういう体質は気になるところです。

 

 

 という事で、まずは地方創生の課題について、今回二つの問題を紹介しました。

 政府が訴える、日本の活性化は地方復興が不可欠、という提起はとてもタイムリーで心躍るものですし、今後のアジアにおける日本存在感を示す意味でも正論なのは間違いありません。

 ただ政府国策が優先である以上、今までの慣習からして国策に利点が無ければいくら地方に利があっても「出る杭は打たれる」なのも事実なのです。

 

 今後、各地の自治体は江戸時代より続けている「参勤交代」的な関係を見直して地方による地方自治を目指さないと、本来自治体にあるべき自活する能力が先行かなくなるのは目に見えています。

 

 グローバル社会では今後、今までのようにお江戸のご機嫌伺いをしていても、根本的な見返りは期待でき無くなると思われます。

 それは政府の方針が、企業利益重視を掲げて海外へウエイトを高めているからですが、かと言ってかつて日本が一丸となって世界の荒波に立ち向かった「護送船団方式」をとるかと言えばそれもノーで、昨日大筋締結されたTPPでのやり取りでもわかる通り、当時程の日本の国際影響力は無くなっているからです。

 

 今まで政府は無策ではなく地方活性に施策は打っていますが、それだけで自治が活性化する事はなく、これからは先に加えて地方自体の自活能力が求められる時代になったと言う事でしょう。

 

 せっかく都道府県という自治区が存在するなら、都道府県同士の横の繋がりを深めてWin-Winの関係を作ったり、自治の力を養える教育福祉を積極的に進める方が合理的であり、事実求められている現状では、本来の創生の在り方が問われているのでは無いでしょうか。 

 

 これからも地方自治に関心を持つ筆者を含め、創生の在り方に関心を示し学びながら、一住民として参加していく姿勢が大切なのだと考えます。