形は悪くとも立派な食べもの、余剰食材への見方を変える
ここ最近、とくにエコ施策ではトップをいく北欧を中心としたEUは、連合体とはいえ資源に乏しいことと、以前からCO2削減に積極的でしたが、次なるエコ施策として余剰食材の活用の動きが活発です。
日本では比較的昔から、「もったいない」「いただきます」精神があって、食材については丁寧にい扱い、無駄にならないように使い切るという慣習がありましたが、これは日本に限らず世界中で、飽食の時代には余れば捨てるのが当たり前になってしまいました。
この記事で紹介されたケースや、イギリスでの試みはその日本にかつてあった、風景の投影を見ているような気分になります。
そういう意味で、こじゃれた国になった分、モノを生かす風潮ははやらなくなってしまいましたね、そのモノを大事にする精神は中流意識のまん延で忘れ去られて、消費の美徳に酔いしれた時代は確かにあったのです。
しかし、こうして海外であらためて見直されているのをみると、なんかやるせない気になってしまうのは筆者だけではないと思います。
日本で見直されるには、やはり「オシャレ感」がないと受け入れられなくなってしまったんでしょうか。
世界全体で食料生産量の約3分の1に相当する16億トンもの食料が廃棄され(FAOの推計)ているそうですが、基本的にそのコントロールは資本企業にゆだねられている以上は、根本的な余剰削減はできませn。
それよりも、余剰削減に取り組んでいるということを受け入れ、多様性の一つとして受け入れる心構えと、可能であれば自分でも実施すること。
そしてそのこと自体が、美しい行為であり当然のことだと思えるようになるまでは、ただの美談で済まされてしまうかもしれません。
捨てるはずの食材でケータリング!? スウェーデンで「余り物」が人気を集めるワケ | つながる!ソーシャル時代 ヒト・カネ・コト | 現代ビジネス [講談社]
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44208