くろま流 × NAGOYA式 ブログ

東海・名古屋発進 まちおこしに求められる情報を、幅広い時事から考える。

特別扱いされるウイルスの背景で。

尾張名古屋は城で持つ」とはよく言ったもので、ウイルスを名目に無茶苦茶になった地域社会や地場産業を、立て直すためのシンボルとして、名古屋市名古屋城を選び思いを一つにして、復興を目指すことになりそうです。

 大阪でも城や古墳を拠り所にして結束しているところがありますし、東京でも城は無くとも二つの塔がシンボルになっているはずですし、そのほかの地域でもそれぞれの旗頭があるはずです。

 

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閉園中の名古屋城 来月1日の開園を前にプレオープン 名古屋市(中京テレビNEWS) - Yahoo!ニュース

 

日本は世界的に見れば、極東にある一小国でしかありませんが、かつては多くの独立国が共存していた共和国でしたし、天皇によって一国として統一され、文化的にも江戸時代頃には統一され国は藩、そしてやがて都道府県と変わっては来ましたが、自治の志は今でも残っています。

その自治の志は、本来なら日本にとって財産であり特別なスキルであったはずですが、近代社会の世界統一化ルールの中では、持ってはならないスキルのようです。

 

その外圧は、今回のウイルス拡散を旗印にして一気に追い打ちをかけようとしているようで、日本人のささやかなレジスタンスはついに王手をかけられるまでに迫られていますがお気づきでしょうか?

それは一見してとても前向きな課題として政府のサイトに掲げられるてはいますが、本来日本の未来にとっては必ずしも最優先させるべきことでは無く、むしろ本懐を遂げるためには大きな負担でしかなくなっています。

 

これまでにも、反戦意識による日本国体の解体であったり、無意味なエコ活動による無駄遣いや資金奉仕とか、良かれと信じて奉仕してきたことが自虐や散財行為であったことに、どれだけの方が気づいていらっしゃるか?

そして今度は、世界の統一ルールとい言われる新しい課題に、なんの説明も確証もないまま莫大な予算が投入されることが決まっているのは、どう考えても新たな懺悔や散財でしかないのではないか?

 

 これらが既に現実に動いているということは、このウイルスによってでなくとも何ら良かったのであり、戦争を仕掛けるより資金も手間も小さかっただけで、この一年でくみ上げられるであろう世界統一への成功モデルは、バージョンアップを重ねて練り上げられ、より現実的なものとして、行動を制限される理由にされるでしょう。

日本にとって、行動目標としてのSDG's・ムーンショット計画や、法律でのIR法などの実現や目標達成は、永久に終わらないノルマであり、自治力を削ぎ浮いた資金は全て世界統一の流れに沿うように浪費させられるのは、目に見えています。

 

私達は自身の能力を正当に評価されるチャンスさえ与えられず、ただただ与えられた課題をこなし続ける未来しか、見ることはできないのでしょうか?

香港は本土中国共産党からの圧力に必死に反対し続ける姿は、次の台湾やウイグルだけではなく、世界のそれに対しての日本でも同じ立場を背負わされる実感は、今では実感されないかもしれません。

 

しかし残念ながら既に政府がのんでいる以上、簡単には拒否できる術を持っていませんし、仮に現政権を変えられたとしても簡単に変えられないでしょう。

「支配からの卒業」という言葉を残してこの世を去ったアーティストを知っているひとは今ならまだ多いでしょうし、その言葉にリスペクトされている人も少ないくないはずですが、その重みと生きたまま卒業することは出来るんでしょうか。

 

この答えは、それぞれに在る以上ここでは出せるものではありませんが、日本人の私達ならば優先的に地元に何かの貢献をする行為は、その卒業を実現する最も現実的なものではないでしょうか?

そのほかにも、きっかけはいくつもあるかもしれませんが、久しく忘れ去られようとしてしている「愛国心」こそ、日本で生まれた者の証であり最も自然な感情・行動ではないかと思うし、そのブレない気持ちは分かりにくい理不尽さえも敏感に反応し、行動する目標を示してくれるでしょう。