くろま流 × NAGOYA式 ブログ

東海・名古屋発進 まちおこしに求められる情報を、幅広い時事から考える。

 国内TVメディアの役割が、変化したのでしょうか?

 TV世代の一人として育った筆者にとって、寂しい思いもありますが、こうした記事を見ると、情報メディアの交代がいよいよ見えてくる気がします。

民放は、既にニュース報道を中心に、人気番組などもネット配信を部分的に配信し始めているようですが、最もTV視聴者の支持が多いだろうNHKでもこの波には抗えないようですね。

 

headlines.yahoo.co.jp

民放キー局、ネット同時配信へ 秋以降、NHKに追随(共同通信) - Yahoo!ニュース

 

 もっとも、受信料徴収で成り立っているとされていることから、ネットユーザーへの徴収手段が課題なのかもしれませんが、そもそも莫大な資産を留保する当局にとって、現実的に実行そのものは問題にならないはずですが、過去の既得権益の保持は難儀になるかもしれません。

それよりも、TVメディアがネット配信ヘ移行するにあたって、利用していた周波数帯の電波利用の頻度が下がることで、その用途には大きな変化が起きそうです。

 

今後の用途としては、地方創生的に見れば、当面地方間の情報発信や緊急事態時の安定した情報提供のいち手段となりそうですか、それだけでは電波施設や電波法の管理維持は実質不可能で、また関連事業で利益確保してきた企業だけで無く,法人や中間企業団体などの利益構造にも、大きな構造変革は余儀なくされるでしょう。

本来アメリカ由来のネットインフラに、主導権が渡ることは、おそらく多くの国内での関連事業者の利益構造には不利であり、この阻止や抜け道探しに多くの有限の時間やリソースが削がれるのは、間違い無いでしょう。

 

国民不在の仕組みならば、この機に一掃したいところですが、当面既得権益者が現役の間、電波関連業界の構造改革はスムーズには進まないかも知れないにしても、世代交代を加速化する意味でも積極的に電波の利用をより民意に沿った方向に変えていかなくてはなりません。

そこで私たちは、民意を明確にしていく必要がありますが、その結果が幸か不幸になるかは責任が全て実行者に回ってくる現実を見れば、不利益な行動は実現されないでしょう。

 

メディア操作といえば、アメリカが最先端を行っていて、日本のメディアもその影響下に置かれてる一方で、アメリカは最近軍事面では台湾に目を向けだしていますが、日本が決して見放されたわけで無く、そのコマの一つではあるものの、中国とどっちつかずの日本への期待を、行動が明確な台湾に振り替えたということなのでしょう。

 そもそも完全なる従順さで、アメリカや中国に素直であったらまだ違っていたかもしれませんが、最近はそのどちらにも完全に靡かずに、事あるごとに小さな反旗を翻して来た日本に対し、戦略を変えてきているのかもしれません。

 

人が実在する以上、理想的な行動統制・より確実な情報コントロールを実現するには、アメリカが単にネット強化だけでなく、実際にかの地に出向いてそのための現地整備を進めない限り、理想的にも確実にもなり得ないことがあげられます。

日本のアニメSAOや、アメリカ映画のマトリックスで示された、VR・ARコントロールは実際メディアが煽るほどスマートでなく、泥臭さ人間臭さががプンプン匂ってくるほど一筋縄ではいかない点は、地味にも強力なウイークポイントです。

 

そもそもメディアのメッカだった、アメリカの一時的な政策の油断によって、揺るぎない覇権の地位を脅かされるに至った失態を埋め合わせるという難儀が加わって、情報統制の影響力は、中国からのほうが大きくなりました。

アメリカが今後も、ネットによる情報コントロールを安定化させるには、リアルな地政学的対処が絶対条件で、その拠点に限界を感じる韓国比率を弱め、台湾を新たにパートナーに加え準備を進めており、かつての日本がそうであった様に、早速効果が金融マーケットから台湾注視に湧いてきつつあります。

 

 

その中で、国内メディアが果たす責任は、複雑化を極めている時代にあって、かつてと比較して変化しているのでしょうか、それとも変わっていないのでしょうか、それはその主語がどちらにあったかで真逆になります。

つまり、国民であれば国民よりだったはずのメディアが次第に利益を基準になったことになりますし、そもそも利益ありきであったのであれば、そもそもぶれておらず露骨になっただけかもしれません。

 

いずれにしても、政府の判断と関連行機関が明確に指針を示さずには、市民のための通信設備は確保できないでしょうから、その彼らを選ぶ手段を市民の意思表示と行動で示すしかありませんが、メディアに要求すべき以前に、むしろ視聴者側が行動せず嘆くだけだったり、周りから解りやすい行動が減っている点にリスクがあるのではないか。

加えて、SNSの発達で行動せずとも物言いができて、そこで吐き出したら満足してしまう風潮が起きているためかもしれませんが、実はその分私たちは普段の実行動において、皮肉にもより明確なメリハリのある行動行為を求められることになります。

 

それは仕掛けられたデモやストライキではなく、市民主導のそれでなくてはなりませんが、経済重視の政府と利益保全する企業にとっては、歓迎できないリアルであるがゆえに、あらゆる手段で統制してくるでしょう。

しかし、昨年の香港がそうであったように、正当な市民運動がどのような結果を示すのかは示された今にあって、この波に市民が上手く乗って行動を始めるがで、それがデモで示すのか投票で示すのか、この好機を覚めさせないように、チャンスある時までにもっと学び、準備をしておくべきです。