くろま流 × NAGOYA式 ブログ

地域産業・観光を広い目線から、東海・名古屋あるあるをリサーチ。

言動の自由を「はがいじめ」をし合う姿に見るもの

無垢な子どもの心を傷つけ無いように教育する立場において、教育する側の自由を拘束する現状が、彼らの職場の縛りを強めている実態を垣間見るこの事件の中で、子どものイジメ解決以前の重い課題が露呈しています。

この事例は、言うまでもなく一般の大人の世界では常習化している事実ですが、環境や心持ちをコントロールできる前提で生きなければならない大人社会では、ほぼ常識化してきました。

 

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小学校教諭だけでない「大人のいじめ」事例集、飲み会で羽交い締め、無視… (ダイヤモンド・オンライン)

 

 一定の大人にすれば、「当たり前」「負ける方が悪い」という認識を通す者は少なからず居て、おそらく筆者も含まれる一定以上の世代には、想定範囲と判断される一件との認識が、社会の管理層や政治家の多くを支配している時期に、次世代では問題化してきたと言うことです。

この事実は、大人よりさらに次世代を担う子どもの教育環境を、大きく左右しながら影響を与える事件のひとつであり、圧倒的にこの問題を看過する大人が大多数を示そていて、問題化への空気が薄くなりがちです。

 

少子化促進でマイノリティーとなりうる、実際は無視できない諸問題は、多数決だけでは偏ったり不十分に終わってしまう危険性がすでに出ていて、解決プロセスの改正が急務ですが、それさえ数の論理がもみ消してしまう現実があります。

こうした現実の中では、全体主義で調和崩しを良しとしない日本人の消極性は、仇となって今後も主張の強い意見が主流のなるのは目に見えているため、少数派の新世代は常習化した調和重視を、壊してでも個々の意見の質を基準にした言論環境へ変えて行かねばなりません。

 

筆者は、その意味で自由な言動をしやすい立場を重視し始めているので、そのリスクとメリットを享受していますが、言う通りこのハードルを超えるには、これまで避けてきた杭に打たれても筋を通す意志と、それを堂々と説明できる冷静さを持つ必要があります。

守るべきものが多いと自覚される人には、その超えるハードルはさらに高くなりますが、暗黙的に社会に流されるばかりでない、これだけは譲れない筋を通す練習が必要な人がどれほどいるかにもかかっていますが、これは急務と言えます。

 

 この点で中国の思想は、反面教師となり、本質的には台湾の人々のような意識が、日本人には馴染みやすいかもしれません。

ニュースでは、いじめやハラスメントに関する問題を、ディテールばかりを強調する傾向があり、それをいちいち頭に刷り込む律儀さが一般化されているように見えますが、この問題は日本の歴史に沿って培われた、日本独特の偏重文化が基になっていて、この慣習に対しての意識の整理や克服が肝になると見るべきです。

 

ブルドーザーの如き強制的な改革は日本文化そのものを壊してしまいますが、ルーツを自分なりに見直せられれば、それぞれに必要な課題を必ず見つけられるでしょう。

そこで自覚したハードルを、一つ一つ自分の中だけで超える地道な努力さえ続ければ、きっと結果的には、悪しき慣習を乗り切ることができるのが、日本人の冷静さと知恵だと、筆者は信じています。