くろま流 × NAGOYA式 ブログ

地域産業・観光を広い目線から、東海・名古屋あるあるをリサーチ。

災害地で起きている混乱と、大事なこと

 最大級の台風19号の被害規模もわからない朝を迎え、今後も予断をゆるしませんが、十分お身体気をつけてください。

 

外国人観光客も来日する中で洋名Taiphoon Hagibisとして名が残る台風や、九州を始め西日本への被害が多く連続したことで、その復興が行き届かなくなっている混乱の中でも、市民への税金課税などの課題がまかり通っていくことは、残念でなりません。

 災害を受けた地域と幸いにもそうでなかった地域との、その深刻さの温度差が今後広がっていかないように、政府は配慮しているのかは正直判断に苦しみますが、現実的には私たちができることは災害時の意識と行動をよりシンプルにしていくことだけです。

 

web.smartnews.com

避難所でもLGBT配慮 熊本県、運営マニュアル改定へ 九州初、地震教訓生かす (西日本新聞)

 

今回は、記事のような災害地での細やかな配慮について考えますが、本来積極性を持って政府が予算拠出しつつ行動すべきが、行き届かない現状で私たちのできることが少しずつ限られつつあります。

日本の良き慣習である助け合いも限界がありますし、その点で緊縮財政を緩めない財務省の意固地さを認めないなかで、助け合いでできることは何でしょうか。

 

それは、実際に困難に遭遇している人々には過酷であっても、できることと先送りすることの棲み分けをするしかないということで、優先するのは体の不自由な方、子どもお年寄りへの生活を軸にして、性差を超えたサポートを優先するしかありません。

最低限の生活とストレスとの葛藤の中では、副次的な問題が過大解釈されがちであることが起こりますが、混乱ゆえに最優先するルールを絞り込んで、共通意識に持てるかが被災地で生活する上で、またサポートする人の意識に必要です。

 

被災地者当人でない筆者が、どれだけの正当性を持てるかはわかりませんが、上の記事で感じた違和感が正しいのかどうか、世に問いたいと思いました。

情報氾濫の社会にあって、その良否の判断がその人の生活の良否につながっていくことを思うと、筆者のような口だけ番長はノイズにしかならないかもしれませんが、それでも書かなければならないという差し迫った思いは無視できない以上、書いた上で判断を委ねるしかありません。

 

災害も立派な有事であり、自衛隊の災害救助は被災者にとってとても心強いものですが、一方でその自衛隊が果たそうとする人的災害である他国からの防衛については、戦闘反対だとか平和主義に反するだとか、都合の良い主張で防衛費に横槍を入れてくる者が少なからず居ます。

戦争を避けたいのは誰でも同じですが、今回のような自然災害を含めあらゆる国土の危機に、柔軟にしかも迅速に対処して被害を最小限にするのが自衛隊の骨子であり、私たちはその誠意を災害地の至る所で見聞きしているはずです。

 

その姿を子供たちは尊敬や憧れの目で見、関心を持つ子もいるでしょうが、そんな好奇心さえも乗り物図鑑から自衛隊の乗り物を削除し、大人目線で一方的に武器になるからと戦争を連想するようなものは見せないで隠す。

それでは子供たちは、尊敬する自衛隊の仕事を誤解してしまいかねないわけですし、実際自衛官として働くご家族の親もいらっしゃるわけで、高級官僚のように高額の給料をもらっているわけでもないのに、公僕として国民のために時には命を危険に晒す使命感を思うと、なんでも防衛について批判や否定を繰り返す人々は、信じられません。

 

今回の台風被害でも、もしかしたら過去最大の被害になりうるかもしれなく、多くの助けや自衛隊の助けを見ることになるでしょう。

一部の人には、税金払っているんだから、災害時は自衛隊を呼べばなんでもやってくれると平然というらしいですが、間違いではないにしても、彼らは押さえ込まれた国家予算の中で、切り詰めて国民感情にも配慮しながら、私たちを守ってくれているのです。

 

 喉元過ぎれば熱さ忘れるではないですが、都合の良い時だけ利用して戦闘に巻き込まれるのは嫌だと予算削減を超え高に主張するのは、どうかと思うのです。

これから先、日本が遭遇する確度が高まりつつある外部からの危機に、自治区ウイグルのような状態にならないように、今脅威に遭遇している香港や、同様の脅威から自衛しようと準備する台湾、それらが崩れた時次に被害が来るのは日本です、その時国民を守る手段が不十分だったら……。

 

これを表現の自由と呼べるものかはわかりませんし、誤解しているだけかもしれませんが、現実主義者の筆者には今できることを伝えていくしかないと思っています。

あとの補足やすべき人々の行動は、委ねるしかない非力さがあっても、それも現実であると意識して自戒しながら書き進めたいと考えていますので、それぞれの行動の見直しにお役立ていただければ幸いです。