くろま流 × NAGOYA式 ブログ

地域産業・観光を広い目線から、東海・名古屋あるあるをリサーチ。

ゆるキャラだけがなぜ悪い?まちおこしの本筋に訴える

まちおこしを一元的にみてしまう発想は、結果の先食いを助長してしまうだけでなく、本来有効な手段や選択肢を自ら潰すおそれがあって、その現実が至る所に出ているのは残念な話ですが、例えば「ゆるキャラ」に見るまちおこしには、それが顕著に出てしまったのではないかと思えて、キャラクター好きの筆者にはとても残念でなりません。 

 ゆるキャラまちおこしに限りませんが、とにかく一つが成功するとその模倣に群がる事象が今に始まったことではないのですが、そもそもまちおこしの成功というのは、その地域環境や風土・歴史・文化や地の利、さまざまな独自条件で優位・不利は簡単に変わっていくだということを知っていながら、反射的に成功事例に飛びつく現実について考えます。

  

project.nikkeibp.co.jp

ゆるキャラ頼みのまちおこし|新・公民連携最前線|PPPまちづくり

 

 その現場は、とある識者の分析では上記のとおり散々なもののように書かれていて、結果だけ見れば至極当然のコメントに見えますが、それで「もうゆるキャラまちおこしは流行らないので、次」ではせっかくの有効な手段を次から次へと消費し続けて、地域の予算などリソースを浪費して、結果失敗するのは目に見えています。

この負のスパイラルが起こる要因を見返すと、いくつか思い当たる点が見えてきますが、まず地域行政を実行する議員などが、定期的に総入れ替えされ一貫した目的を遂行しづらい仕組みがあったり、縦割りによって住民の意見や、垣根を越えた新鮮なアイデアが反映しにくかったりします。

 

一部の自治体では、そうした組織改善を先行して成功に結びつけた事例は、何度か紹介していますが、この流れが未だトレンドになっていない地域の保守意識抜きには、まちおこしは成り立たないことを示しています。

 ということは、まちおこしの成功=地域の自治体・住民の意識改革であり、毎日のように世界情勢が変わっていくのと同時に地域のそれも変化しなければなりませんが、地域によっては、変化に敏感なサラリーマンなどは、住む地域とは別の地域で活動する事が多く、住まう地域のフィードバックに貢献しづらい現状はネックであり、生きたビジネスシーンの空気感を、どのように地方に反映させるかを軸にする必要があるでしょう。

 

その手段として、地元で働ける環境作りが理想的ですが、地元だけで解決できるものではないので、まずは地元で多くの時間を過ごす住民に対して、気軽に情報提供できる仕組みを地域ごとに考える必要があります。

端的に言えば「情報センター」ですが、重要なのは地域ごとに異なる情報インフラの多様性を考慮する点で、都市部は比較的ネットによる収集が可能なのに対し、地方過疎部は困難でケーブルTV・印刷物などで自由度を高めるしかありません。

 

いずれにしても、住民が欲しい時にいつでも知る事ができる利便性の実現で、これによって「この課題にはどう思われますか?」の自治体の問いに対し住民が「こういう情報があったのでこうすべきでは?」という、住民側に柔軟な分析と判断を助長できる仕組みが大事で、単に情報のだだ流しでなく返答・定義をしやすい配慮が、自治体にもとめられますし、

 

ゆるキャラばかりに重荷を背負わす」のは、

「従業員に問題を押し付ける縦割り組織の悪習慣」

と同じ図式、キャラクター愛が大きい筆者に言わせれば、その姿は……

 

“十字架を背負わされたキリスト”

 

の姿にダブらせてしまいます。(キリスト教徒さん、ごめんなさい)

今の多くのゆるキャラたちは、地方の「希望」でなく「陳情」の姿なのでしょう。

 

ゆるキャラ=カワイイ」だけのアイドル的手法は飽和状態でも、例えばAI・VI上でのゆるキャラとか、ゆるキャラで住民へ情報アクセスの容易さをアピールしたり、これはITベースであってもTV・印刷物であっても同じで、ゆるキャラを「解りやすさ」「関心を高める」きっかけや象徴に育て上げる工夫によって、住民に親しまれるゆるキャラづくりが、結果的には全国でも愛される象徴になっていくわけです。

 

その行程を、今の企業・自治体のするキャラクター活用は、あまりに短絡的です。

日本が育て上げた独自のキャラクター文化の真髄は、純粋な想いの結晶であり、

手法として有効であっても、安易な道具であってはならないと信じています。

 

この手法は、すでに企業においてはスタンダードな方法ですが、自治体では経済活動と直接結びつきにくい印象が優っているのか成功例は企業ほどではないようですが、発想自体は専門家でなくとも意外と理解しやすく、企業マークやキャッチフレーズのが意味するものを、自治体「ゆるキャラ」で特徴アピールや地域同士の情報交換までを代弁させたり、本来あるべき活用方法や価値を高めて、初めて「ぬいぐるみライブ」が注目されると思っています。

かなり詰め込んで書きましたが大事なことは、ゆるキャラを地域の象徴として採用するということは、地方選挙と同等の重く重大なイベントであり、何千体と生まれてしまったゆるキャラ戦国時代という轍を2度踏ないように、彼らが浮かばれる地域それぞれの活かし方を、徹底的に考え直して欲しいと願っています。

 

最後に、爆発的ヒットした「たまごっち」で多くの人が実感したように、キャラクターは「愛情を注いで」こそ育つのであり、その結果育ての親たちを癒し・貢献してくれるという事実は消えることはありません。

 

遍く全ての、無念にも思い半ばで消えていったキャラクターたちへ、合掌……