くろま流 × NAGOYA式 ブログ

地域産業・観光を広い目線から、東海・名古屋あるあるをリサーチ。

減らない子ども搾取という名の大人事情へのアンチテーゼ

地域の格差を見る中で、都市部・一等地などの「ハイ・ブランド(高付加価値)」地域の住民と、子どもが育つ環境問題を抱える家族とのそれぞれの大人事情に、全く解決の糸口が見えてこないのは残念な話です。

 

保育所を作ろうとすれば「子どもが騒いでうるさい」と苦情を吐き、児相施設を建てると言えば「価値が下がる」と必死になる。

その課題のアンチ派住民には、子育て経験者・そうでない人どちらも含まれますが、共通するのは子どもに立場のない「大人目線」を最優先する大人の事情です。

 

反論を恐れず言えば、大人が子どもの頃のように柔軟な考え方ができにくくなっている分、それに至るまでにどれだけ柔軟な思考ができるよう訓練していない限り、その情けない現実に気づかないし、ただでさえ減る将来への可能性を自分から消し続けている現実から目を逸らしていないでしょうか。

この意見は、あくまでそれができる人に書いているのであり、それに逸れる種類の反感は避けたいのですが、敢えて言えば最たるが、大人による「子どもの可能性潰し」であり、大人ならではの「不器用さ」への責任回避や開き直りなのかもしれないのです。

 

私たち大人は、それを正面から受けとめた上で、子ども事情を考えてほしいのです。

 

リアルに子どもたちの可能性を広げようとする親御さんは、その現実と戦いながら我が子から、たくさんのモチベーションと可能性を受け取っていますし、その立場からでも、単に子どもの居場所を主張するだけでは難しい問題ではあります。

 

www.cnn.co.jp

CNN.co.jp : 「子どもの未来、奪わないで」 15歳の活動家、COP24で演説 - (1/3)

 

方や、その時期を終えてしまわれた方、関わりの機会を持たなかった人は、その恩恵を忘れたか得られない場合でも、自分が子どもの頃を省みれば他人事でないと実感できるけれど、その恩恵が薄いために消極的にしか関われません。

 

実際に子の親である有名人の意見は、リアルで重いと感じる記事から当事者でも諸手を上げて賛成しかねる思いも伝わってきます。 

www.daily.co.jp

松嶋尚美、児相が自宅近くに建設されたら…「引っ越す可能性はあります」/芸能/デイリースポーツ online

 

地域活性化の話題を追っていると、現実的な「利害」や「権利」によるトラブルや難問は、避けて通れないものではあるのですが、今ある目の前の現実しか見る余裕がない大人ゆえの不器用さに辟易した方も少なくないでしょうし、今は関わりがなくとも避けられない現実が目の前に現れるまでに、はっきりとしたイエス・ノーの持論を明確にしておきたいものです。

原則これらの環境問題は、当事者であっても民主的に意見交換して結論を出すものなので、ここだけで白黒つけるつもりはなく、ケースバイケースの柔軟な結論に至るべきだと承知しています。

 

ただ、それらの民主的な話し合いの中に、大人は持論や都合を突きつけることはできても、対象のこどもたちにはその場が全くないというハンディがあることは、前提で無くてはなりません。

直接参加する仕組みができればそれに越したことはありませんが、現実ほぼ皆無だし今後とも大人の責任と自覚として、私たちが子ども事情の代弁を正確に引き継ぐべきであり、その自覚が大人の成長を促す原動力にもなります。

 

いろんなシチュエーションで、子どもの笑い声、泣き声、はしゃぐ声を聞くにあたって、皆さんはどのような感情をいだくでしょうか?

「怒り」ですか?

「癒し」ですか?

「不運」ですか?

「幸福感」 ですか?

いずれにしても、子どもたちの行動や表情を見聞きする度に、人間らしい感情を思い返せるかけがえの無いチャンスであり、私たちがより柔軟で生きる糧を得るのに貴重な経験だということを忘れないでほしいのです。

 

今、その不器用さでは避けられない高齢者による、様々な事件や課題のニュースが溢れかえっていますが、その原因は単に身体が老化したことによるだけで無いでしょう。

歳相応になった自覚の心を忘れているか、その自由が効かない境遇や身体に縛られた子どもの心や無邪気な自由さを解放できない不器用さに気づかないでいるだけだと思っていますので、まず大人は自身の力でそれに気づいて行動できなくてはならないはずです。

 

その上で、それ以上に理解していただきたいのは、子どもは大人のような自衛する自由も力も持てない「守るべき」存在だという、人間なら進化する上で当たり前の事実を受け入れることです。