くろま流 × NAGOYA式 ブログ

地域産業・観光を広い目線から、東海・名古屋あるあるをリサーチ。

日本人の後悔「故郷は遠くに在りて思うもの」と地域ブランド

海外の観光地でナンバーワンといえば、最近では韓国とお答えになる方も多いかもしれませんが、長年にわたって安定度が高いのはやはりハワイに尽きるでしょう。

ハワイはご存知の通りに火山噴火で観光地としての風評被害にさらされた訳ですが、それでもブランド性の高さは揺るがなたったようで、国内でも冬や夏の大型連休には、多くの観光客が尽きることはなかったようです。

 

その世界有数のリゾートとして不動の地位であるハワイで、その移動の足として話題になっていた電動スクーターがエライことになっているようですね。

こうした観光地の移動手段として話題性もあったこのプロジェクトですが、政府自治体とのすり合わせができていなかったようで、観光地の活性化に大きく貢献することはなかったようで、観光地と住人・行政事情との両立という、地元の都合と国の都合のすり合わせがうまく噛み合わない課題も見え隠れしているようです。

web.smartnews.com

電動スクーターのシェアリングがわずか1週間で利用中止!「Lime」に一体何が起こった?

 

観光の活性化で大事なものとしてもう一つ取りあげるのは、通信インフラ事象実験の意味にかんする事例です。

このブログでも何度か記事にしている、電気自動車やレンタルサイクル、フリーWi-Fiの事象実験について、積極的に実施することはとても良いことで国内ではdocomoを中心に、海外に遅れを取らないように行われていますが、普及させる規模やエリアによっては実験結果と実用性の乖離があるため、住民への効果が不透明になりやすく観光効果としてもあまりに規模が小さく不透明です。

bp-affairs.com

渋谷区のフリーWi-Fiを活用した地方創生ビジネスモデルの実証実験、ドコモ|Business & Public Affairs Web Site

 

 国や大企業は、こうした大枠での経済効果(企業は収益性)が高いインフラ整備を模索することはありますが、実質的な地域観光の筋道を保証するものではなく、その手はずは自治体に任されているために、簡単に言えば自力でなんとかするスタンスは、地方創生事業で言って、変わっていません。

先日東テレの番組で、熱海の商店街活性化の取り組みを放映していましたが、そこでハワイの有名店が熱海の観光活性化を目的に、出店し客足を変えていくまでの流れを見ることができました。

 

あくまで期間限定の取り組みだそうなので、本質的な取り組みの実例ではないのですが、ハワイブランドの知名度がどれほどのものかは、とても参考になるトピックだったように思えました。

観光ブランドは、もはやファッションと同等の期待度があって、売り上げアップに福複利的に貢献する強力なツールとなっていますが、このブログでも何度かその重要性をあげている通り、その観光ブランドづくりは一朝一夕は無く、早くからの準備と地域民の協力という、関係づくりが大事なものです。

 

上のTV番組でも、まさにその難しさと重要性にフォーカスしていて、短時間の番組でしたが、基本が凝縮していたように感じましたが、もっとも大きな課題で浮き彫りになっていたのは、地域住民が必ずしも観光活性化に前向きでない、誤解を承知で言えば「今で手一杯」「別に現状で不満はないよ」というリアルな声でした。

そんな声の主も、久しぶりのお店の盛況ぶりを見て、少しだけではあっても前向きな姿を見せていったり、出店者の目的が熱海商店街活性とはまた別に、家族の無念や思いにあったことを明かすなど、行動の本音は大義的なところにあるのでは無く、ささやかで身近な家族の夢の復興を夢見たものだったという姿を垣間見ることで、考えさせられるものでした。

 

これらの事例から改めて思うのは、同じ地域活性の取り組みでも、国や自治体の本音と地域住民・当事者の目的は全く違うという現実でした。

双方は表面上関連性を持っているように見えましたが、実際はそれぞれが依存だけを期待し全くの協調性を見せるようには、見えない姿が浮かび上がってきます。

 これが全てではないと信じたいのですが、一方で国も当事者も自主性より義務感が先行し、筆者を含め国内の第三者は傍観者になっている現状は、どの国でも起こり得ることです。

 

 

ここで思い出したのが、名古屋市の魅力のないまちNO.1の意識から抜けられない理由で、アンケート結果にあるまじき地元民からの「魅力なし」発言は、まさに第三者的な傍観の本音がそのまま出た結果でした。

 

日本は国土が狭い割りに、さまざまな地域性や独自の文化が花開いた素晴らしい特徴を持っていますが、観光ブランドの創生にメリットの大きいこの特徴は、極端な都市への人口移動やベッドタウン化した衛星地方への移動で、地域の特徴が薄められてしまい、マイナスになっています。

その特徴は、新規に移住した住民には理解しがたいものとして今に残り、移住する本来あるべき目的が歪められた結果、住む人が住む場所に魅力を感じなくなった要因になっている矛盾を生み出してしまいました。

 

こうしたマイナス面や矛盾は、大きくは経済成長期の地域の変化と、海外文化への偏重がもたらした日本人の意識の歪みが大きく関わっているようです。

 

例えば、地域おこしや観光ブランドづくりの課題において、大きな壁になっているのが国が進めた経済発展を優先したことによって、地域の特色や優位性を弱めたことは、私たちに「数の優位性」を強調し、地域の特色の魅力になる「個性の価値」を弱める結果になったのでしょう。

一方で、有名な海外観光地の多くが、いかに「個々の価値」として歴史を大切に扱い、地域ならではの特色を護り受け継いできたかを見れば、観光ブランドの成立は、日本が自ら捨ててきたものこそに、たくさん詰まっていたのではないでしょうか。

 

皮肉なことに今訪れている外国人環境客が、注目するのは「日本の優位性」が残る日本独自の文化や暮らしを色濃く感じられるモノや体験についてであり、私たちは外から見てしかわからないその事実を、自ら認められなくなってしまっていないでしょうか?

この気づきは、ある意味故郷を捨て大都市へ活路を見出した多くの人々が今に至り、

 

「ふるさとは、遠きに在りて思うもの」

 

と失ったものへの後悔を悟ること、地域ブランドづくりのテーマは、全く同じ物なのではないでしょうか?

 

古い世代の後悔と新しい世代の希望の根っこになる住む街をよりよくする課題が、もとの一つに戻ることで一から作り直さなければならないその困難さが足を遅らせると同時に、地域の良さを再認識して時代に合った価値をつくり直せる絶好のチャンスになっているということです。

地域のまちづくりの本来の姿は、この葛藤を通してしか見えてこないのですから、人によってはその地に止まって魅力を深掘りし、また一方で敢えて離れ場合によっては海外からその特徴を省みながら、日本の中だけでは当たり前だったことが、当たり前でなくブランドになると自覚できるまで、私たちはもっと多くの経験や見聞を世界に向けて行動していいのであり、その課題解決にむけてのフィールドワークはもう始まっています。

 

日本の国際化でわかったことは、日本が世界経済において遅れた国であったかの反省の一方で、いかに大事な位置にあるかを証明してくれていますが、私たちの多くは前者をあまりに強調しすぎて後者の魅力、つまりまだまだその可能性を活かしきれていないということです。

 

その克服には、

私たちだれにでもある、第三者的な発想に別れをつげなければならないことを意味しています。

 

今まで海外旅行によって海外ブランドの憧れだけを追い求めていた時代に終わりを告げ、国内ブランドづくりとなる住まうまちの魅力に気づきを習慣化、その習慣が住む地域を魅力的にするはじめの一歩だけに、一方的な憧れの習慣からバランスの良い習慣へ変え、住む場所に自負と責任を持つ意識と行動が、求められています