くろま流 × NAGOYA式 ブログ

地域産業・観光を広い目線から、東海・名古屋あるあるをリサーチ。

国内の国際化を準備する具体例に学ぶ

 

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人口減少はなぜ「マズイ」のか?(前編)――人口減少の原因とは - リクナビNEXTジャーナル

 

 人口増加が見込めない国内の人材確保対策として、海外からの人材派遣が期待されていて、今後国内住民の国際化とそれに伴う考え方の多様化が考えられます。

 今回は、こう言った日本人以外の価値観の多様化を考えておく必要がある中で、より身近で具体的な事例を何点かあげて、見つめ直すきっかけを提起したいと思います。

 

エスカレーター昇降時ルール

 地域によっても違うエスカレーター昇降時の暗黙ルール、以前この課題について記事った後で、お急ぎ優先論のお方にお叱りを受けましたが、通勤ラッシュ時ならまだしも平日の閑散期であっても関係なく、このルールはなぜか守られています。

 いずれにしてもエスカレーター利用時に、わざと通せんぼするようなお暇な方はそうそう居ないでしょうし、何らかの事情でたまたま反対側に立った人に、後ろから何も言わずにプレッシャーだけかけてるシーンを見ると、今でも心が痛みます。

 

<エスカレーター>「片側空け」見直し 理学療法士呼びかけ(毎日新聞) - goo ニュース

 

 状況に合わせて柔軟に優先順位を変えるられるなら問題ないですが、歩行禁止されている場所で本来マイナーであるはずの歩こうとする側が、多勢に頼んでメジャー側に回る姿は、多様化の否定に他なりません。

 東京オリンピックをきっかけに改善されていくというのも、他力本願ではありますが、東京がお手本になって地域に波及していくといいですね。

 

ブラタモリから見えたもの 

 日本国内でさえ、歴史から残る精神的な中央との主従関係は、タモリさんが名古屋を訪問する話題にまで尾を引いているようで、ご本人は地方ネタ一つでしか無かった名古屋ギャグは、今回のブラタモリのプロモーションにどう役立ったのでしょうか。

 メディアはやはり今回も、自虐的な名古屋気質をイジリながら盛り上げていたようですが、筆者は純粋に地形マニアのタモリさんが名古屋の地形と歴史を絡めて、タモリ目線での名古屋を堪能できたことに満足できました。

 

タモリ 名古屋嫌いじゃなかった!?ブラタモリで初上陸「仲良い友達多い」― スポニチ Sponichi Annex 芸能

m.sponichi.co.jp

 

「和解にお見えに」 ブラタモリ名古屋編、河村市長歓迎:朝日新聞デジタル

www.asahi.com

 

  ご本人も番組内で弁明めいたコメントをしていらっしゃったように、タモリの名古屋嫌いは「ネタ」であっても、それ以上でも以下でも無いようで、河村市長の上のコメントは、地元のひとり相撲だったかもしれませんね。

 ここで詳しく名古屋の良し悪しを語るものではないですが、名古屋に限らず地域の偏見は、意外と地方の中央への羨望の思いの強さなのかのしれません。

 

 この話題でもわかるように中央と地方の暗黙の力関係は、メディアの宣伝においても厳然として残っているようで、ブラタモリの名古屋凱旋の話題は、その一例だったと実感しました。

 しかし双方の力関係は慣習化し、その慣れから地方は脱皮する時が来ているように思いますが、地方に住む私達の中にも、いい加減放っておいてほしいという思いは強くなっているように感じるとともに、こうした国内独自の暗黙ルールは、海外から訪問する人たちにはどうでもいいことで、インバウンド市場の活性化にプラスになるとも思えません。

 

日常の様子から見えたもの

http://gigazine.net/news/20170509-dont-return-shopping-cart/

スーパーでショッピングカートを返却しない人の心理とは? - GIGAZINE

gigazine.net

 

 スーパーで買い物を終えたあとにショッピングカートを戻す、という超具体的な事例を挙げても、考え方がこれだけ選択肢があるのは、目からウロコではありますが、こうした選択肢の認知と多様性があることを容認する準備が、私たちにあるかどうかという問いになります。

 一説には同じでショッピングシーンでの、レジ待ちシーンを思い浮かべていただくときに、精算手前で待つ人がカゴをズラして後ろの人がカゴを置ける様に配慮する空気の有無について書いた記事を何処かで拝見した記憶あります。

 

 確かに日本人ならこう言ったスジの空気を読めないヤツの、如何なモノか?

 感は共感できる部分は筆者も否定しませんが、日本人だけでならこうした利便性や効率化の改善を、暗黙の了解で向上させることは可能です。

 ただ、あくまで日本人独自の認識が前提の改善を、日本人以外で共感や同意が得られるかは、今後その機会を待つしかありませんね。

 

  今回あげた事例は外でも見受けられる国内の普通の光景ですが、海外の人を受け入れる際に、これらのルールが余りにタイトになりすぎると、居心地を悪くもします。

 また、これらの国内の歴史から出来上がった暗黙のルールが、影響しているかどうかは厳密な証明は困難にしても、あくまでローカルルールでしかないことが、シレッと外国訪問者にも適用されているのであれば、それは見直しの余地があるのではないでしょうか。

 

 おもてなしという言葉の意味にしても、地域によって微妙に異なる可能性ありますし、にその問題となるのは、内向きな行動にあり、狭い国内でさえ起こったいさかいを、外向き解決したように見せるルールは、国内向けであって外国人には理解されません。 

 また、お互いに心の内を探る習慣は外国人には「消極的」「内向的」とは映っても、本来日本人が望む「奥ゆかしさ」「謙虚さ」という国内基準の繊細さを、理解されることは無いでしょう。

 

 最後に、おもてなしという言葉の意味にしても、地域によって微妙に異なる可能性ありますし、そもそも国が掲げる観光戦略自体が、未だ地域全体に落とし込まれていなかったり、単に広辞苑の説明で済ますのではなく、国内観光のスローガンとするなら、その定義の具体化や共有化も必要です。

 日本人が言う「おもてなし」や「心づかい」が、日本の観光テーマとして使うには煮詰めが必要で、外国人に理解してもらうには不十分であり、暗黙で済ませていた国内ルールをどこまで観光面に取り込むか否か整理し、日本独特の慣習のより良い部分を世界が理解できる取り組みは、今後私達が海外進出する上での地ならしにもなる有効な手段です。