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くろま流 × NAGOYA式 ブログ

名古屋在住者の視点から地域産業・観光を通した活躍を応援。

次世代へバトンを、日本らしさと産業・伝統技の伝道師たれ

  昨今では、企業を中心に個人でも世代交代への課題が迫っており、伝統産業や日本の環境技術・ノウハウなど日本の感性の引き継ぎ例が散見されるようになりました。

 

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 先日、ジャパネットたかたで一世を風靡した伝説の販売士(筆者はそう思ってます)高田明さん、そして今や広告業界で知らない者はいないと言われる佐藤可士和さんのインタビューで、両氏の活動を垣間見る事ができましたが、相変わらずの独自の視点に立つ姿勢は、驚異的とも言えるでしょうか。
 また、父親の先代社長から意思を引き継いだ石坂産業の女性社長の親子鷹奮闘ドキュメンタリーで、引き継ぐ精神のあり方を垣間見た気がします。

 

 かつて、年商1500万のTVショッピング市場をひねり出した、ジャパネット高田のカリスマの姿は、現役引退後とても気になっていましたが、やはりといいますか当然なのか久しぶりの御姿に、ヤッパリ感がにじみ出るご活躍でした。

 ジャパネットを降りてから、そのままご隠居される訳は無いとは思っていましたが、案の定あの凄まじいまでの好奇心は、終わることなく続いていたんですね。

 

 あの高田節は健在で、全国を行脚し全国に眠る日本に長く続く伝統良品を捜し歩いて紹介していたようですが、高田さんの一見アナログで地道な日本発掘活動は、その実理にかなっていてしかも即戦力として役立っている。

 今までやってきた販売形態はそっくり次世代に譲って、良いものを突き詰める姿勢と新しい可能性を追い求める姿は、当に筆者には理想の姿に映ります。

 

 一方で、現役脂の乗ってきた売れっ子佐藤さんも、新しさの追求の対象を、伝統産業に着目して温故プロデユースを始めていて、歌舞伎や有田焼などの伝統芸能や産業と言った今時のメインストリームとは方向を変えたプロデュースを手掛けていたようです。

 そもそも佐藤さんの広報・広告手法は、プロダクトデザインの手法に近い気がしますが、大衆迎合化させて消費者を巻き取る某大手広告代理店式の手法から、始まっていても踏襲せずに商品そのものから溢れ出る魅力を、素直に色形にする手法が結果的に現代の実を求める風潮に受け入れられているようです。

 

 その視点は、日本製のプロダクトを歴史や文化と言う本質から組み立てると言う、既に専門学校のテキストにしか残らないような、基本中の基本セオリーに忠実な故に、一度掴んだ目を逸らさせない魔法のような魅力を醸し出して来るのです。

 佐藤さんが、自ずと振り向けた伝統産業の奥深さに注目したのは、自明の理なのかも知れません。

 

 石坂産業の女性社長、石坂氏の女性らしい粘りと、先代社長が見越したリサイクル時代にあるべきビジョンを引き継いで、環境に配慮した企業と地域の共存を模索する姿は、当に理想的なノウハウの継承でした。

 父の夢を、見事なまでに自分のやり方で世界に注目されるエコ技術を抱える、未来の産業にのし上げた手腕は、多くの女性継承者に勇気と光を指し示したことでしょう。

 

 筆者は、いま次の日本を作り上げるのに必要な、モノや状態を冷徹に見植えて本質を追求できるお三方の意思が、余すところなく引き継がれることを願ってやみません。 

 決して長いものに巻かれず、独自の目線でたぐいまれな日本の現状や本質を見抜いていく観察力と、それを的確に言葉や文字。商品に置き換えていく転換力は、業種にかかわらず多くの示唆に富んでいます。

 

 これらの類まれな才能は引き継ぐのはとても難しいけれど、才覚のある人々は、伝えずとも自らの姿を惜しげもなく晒すことで、次の才能ある人材に気づかせ、引き継ぐ期間を設けているように思われます。

 中には、スズキ自動車の鈴木修氏や、ソフトバンク孫正義氏のようにカリスマ度が強すぎて、受け継ぎに難儀されているケースも伺えるものの、第一級の才能を引き継がなければ、それはその個人に及ばず日本社会そのものの利益の浪費と、さして変わらないほどの損失と言えるでしょう。

 

 引き継がれたノウハウは、時にはそのままの形に、また全く違う新しい発見への大きなきっかけに繋がっていくのが望ましいわけですが、今の日本でその継承はお世辞にも上手く行っているとは、言い難いようです。

 今までは技を盗むのが常識でしたが、棒グラフで見ると釣り鐘型に見える日本のいびつな世代比率は、そんな悠長な事を言っている余談を許さない継ぎ手の希少さと言う、現実を突きつけていて、バトンを渡すものはさまざまな方法を駆使しなければ、技術継承の袋小路化、行く先は技と言う名のお家断絶が、目の前に迫ってます。

 

 この事実に気付いた者は、ICTを使った技の保存をすぐさま行わないと、歴史の継承と一緒に泡と消え行くのみです。

 日本各地に伝わる祭りなどの地域文化は最たるもの、提灯の鮮やかで仄明るいいるみねー損は、皮肉にも外人観光客の目を離さない程の魅力を持っているものの、華やかさから置き去りにされた文化も、皮肉にも外国人がその伝統を守ろうと、活躍している。

 

 華やかな人の目を引く伝統は、例えば七夕も今年はディズニーリゾートのイベントに組み込まれ、注目され日本の伝統文化や慣習は、伝え方ひとつでかなり大きなイベント事業に育て上げられるという、一つのアプローチになると思う。

 地域の共同イベントで地域を盛り上げ、その衛星ちいきへまた独自の文化のバリエーションへ誘導できる可能性を秘めていて、日本文化の伝統技は、かつての日本の歴史がそうだったように、淘汰や入植によって形を残していくのかもしれない。

 

 バトンを渡す若者に残すべきは、悪しき忠臣を傘に着た年功序列の終身雇用の幻想や、鎖国で染み付いたガラパゴス化した保守性では無く、かつて積極的に海外貿易をして貪欲に世界と行き渡ってきた精神と、その反面アイデンティティーを示す独自の文化や精神であってほしいと思うのです。

 その上で海外の空気を堪能し、帰国後に日本の独自性を肌で感じ、世界との接点の橋渡しを担えるように、政府もサポートを政策に掲げてほしいものです。

 

 海外へ出て、初めて日本へのリスペクトを実感しることは往々にしてありますが、その地域では当たり前の文化食習慣は、一歩外へ出れば決して当たり前でなく、その中には隠れた原石がたくさん眠っているのを、知らなければいけなと思うのです。

  筆者の故郷は岐阜県の多治見市だが、ここでも毎年最高気温を争うニュースで名前を聞くだけでなく、陶磁器・タイル産業のメッカであった絵¥過去の栄光は下火になるも、ここ最近タイルの里として、アピールしだしてます。

 

 地域の跡継ぎには積極的に外に遊説させ、その一部でも地域起こしに目覚めてもらえれば、それは成功だと言っていいでしょうから、これからは、観光も移住も外国人との接触の機会は当面増える一方だから、外国人が求める日本像をを今のうちから、知っておくのはものすごいプラスになるでしょう。

  地味ーな職人の作業は、外人の目にはよく映っているように思える、そのビジネス感は消えゆくそのチャンスを生かそうとするワクワク感が、手に取るように見えてこなければいけないでしょう。

 

  エクスペリエンス・デザイン(産業体験や蓄積の広報化)を次世代へ橋渡しするのは、50代以降世代の担うべき重要な義務でもあり続けると思っています。