くろま流 × NAGOYA式 ブログ

東海・名古屋からまちおこしヒント探し始めて、結局国際経済のしくみに行きついた

デリバリーサービスのチキンレースでお客の満足はアップする?

 本日は参院選投票日ですね、このあと(朝)投票に行ってきます、皆さんもお忙しいとは思いますが、投票お済みになったでしょうか。 

 

 さて、ネット販売が手軽になる中で、それに伴う注文商品のデリバリー(配送)の時間やコスト短縮競争が激しくなっていて、もはやイベントのような現象化を始めているようです。

 

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 都市型で大手商業施設の大手イオンモールを展開するイオンリテーリングが、初の前年度営業利益割れを発表するような、今のマス商業市場は、実店舗による販売形態の限界の予兆なのかも知れません。

 それに伴う物販に不可欠な物流システムは、さらに効率化を余儀なくされ、ひいてはリアルタイムでの世界視野の原材料調達でのコスト圧縮は必須とまで言われるようになりました。

 

 みなさんも佐川急便のCMは何度もご覧になって、そのメリットを強調するのを目の当たりにしているでしょう。

 マクロ的な見方では、大手物流や商社の大胆な動きがニュースされていますが、小規模なミクロ的にも変化が出ています。

 

 民間物流会社のシステムを利用するものの他に、自社の物流システムを持った大手通販社は行程短縮化のメリットを武器に2時間単位指定から1時間単位指定と。また小回りの利く中小通販会社はさらに30分単位と、顧客の細かい生活単位に柔軟に動けるように指定時間短縮化への競争のようになっているようで、びっくりしました。

 

 確かにユーザーレビューでは、子育てする家庭や不定期の仕事がネックでゆっくり好きな時に、商品購入して都合のよい時間に届けられる選択肢が増えるのは、うれしいと回答しているのです。

 しかしながら、以前牛丼チェーン店などのファストフード業界であった、極限までの価格競争や今回の物流配送時間の短縮競争が、コストや品質を左右するサービスのチキンレース化は、参加した業界全体には必ずしもいい結果を生んでいない現実を考えたいです。

 

 消費者の商品購買・消費環境が豊かになるということは、単に安くなったり早くなっただけで感じるとは限らない点が、最も悩ましい点です。

 単価を安く・配達を早くすれば、たいていそのしわ寄せが行くのが、企業でサービスにかかわっている従業員の賃金だったり、労働時間の増加だったりで、それによって稼働効率が落ちてしまったり(いわゆるブラック企業の悪循環と同様ですね)するのが道理です。

 

 日本では、働く人が減っているので物流コストは単純に上げなければ回らないはずですが、それを企業競争に加担することで、社内なら部下に負担が増えたり、社外なら下請けの生産性度外視の犠牲を強いるのが当たり前になっている現状があります。

 これらの現実は、企業がバランスを再考する余地があるのはもちろんですが、一方で購買層がとやかく口を出さないにしても、「金で買っているんだから」と無思考で競争の現実をあおるのもどうかとは思います。

 

 豊かな社会を企業が演出する今の成熟した資本社会は、安く・早くなど購買欲をみたす自由がある一方で、収益薄利化や物流の複雑化というしわ寄せを、消費者に負担させるという事実を知ると、過度な購買を抑制することにつながらないかと心配になります。

 とかく合法であればなんでもやったもの勝ちと言うのは企業側の論理で、その結果生まれる負荷やしわ寄せは、消費者側に来るのはご存知の通りです。

 

 一見物流が盛んになると、さも活性化しているように見えるのは事実ですが、よくよく考えれば、企業にとってたんなるライバル社とのチキンレースは、効率の悪い不必要な残業のように、企業側・消費者側に必ずしもWinーWinの関係になっているかどうかを双方が冷静にみて行動しないと、元の木阿弥になる危険をはらんでいるということではないでしょうか。

 

 日本の外をのぞいてみると、国同士の競争はさらに複雑で、露骨な利害がはらんでいるのが手に取るようにわかります。

 そんな荒波のような海外で、相手のペースに巻き込まれるのが目に見えるような状況で、国内でさえ無益な競争で始終している日本では、まず国内で起こる問題が有益な問題なのか無益な問題なのかを、考えたり見直したりする機会は、自分から進んで見つけて考えておく必要があるでしょう。

 

 こうした問題の、有益か無益かの判断は立場や、見る方向で千変万化しますが、単に生産者側や消費者側などの一方的な視点が、巡り巡って自分に不利益にならないように、私たちは常に新鮮な視点で柔軟に現象を見聞し、可能な限り共益の見込める結論を実行できるよう、準備しておかなければならないと感じます。

 

 健全な企業間の競争ならば、競争というイベントとして歓迎すべき話ですが、消費者が暗に安いに越したことは無いという空気を醸し出している市場は、企業側の正当な存在意義を暗黙の内に否定して、詰まるところは消費者が健全で豊かな市場を失うことに、なりかねない危機感を共有できるかどうかも、私たちにとって大事な目線だと感じるのです。

 

 消費者が要求しているから消費者のために競争している、と言った趣旨のコメントをニュース番組のコメントで答える企業がいらっしゃいますが、実際の事情はは少し趣が異なるような感じを受けます。

  市場での企業側の価格などの正常性を正しく維持する責任は企業側にあるのであって、けっして消費者のせいではあり得ないはずです。

 

 いたずらに増えた同類の商品のために低価格競争に陥るのは、飽和していると判っていて、安定した市場に参入したためで、新市場を切り開くリスクを取ら無い以上チキンレースは事あるごとに起きて、混乱を招くでしょう。

 企業の価値は、その存在の独自性が市場に認められていることが前提ですので、それを証明するためには、要は企業の独自性を問うためのリスクの取り方次第で、その取り方に課題の一端ががあるのかもしれません。

 

以前記事りましたような、市場開拓事例を再掲載させていただきます。