くろま流 × NAGOYA式 ブログ

地域産業・観光を広い目線から、東海・名古屋あるあるをリサーチ。

日本の大型公共事業は無くなり得ない永遠テーマ。「なも研」5-②

 書きたいことが長くなってしまったので、二回に分けました。それでは前回のなも研第5弾の後編めです。

 

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  その前に、近況のニュースからです。

 それまで緊急避難所になっていた学校を空けなくてはならず、またの移転を余儀なくされていますが、ようやく小中学校での授業再開がはじまっていて、ストレスをためやすい子供たちの明るい笑顔を見れるのは、現地の人にも一つの区切りを超えた落ち着きの第一歩が始まったということです。

 

 子供たちの生活する姿が、さらなる活力になるのを祈るしかありませんが、この後破壊された家や、家財が大量のごみ処分が連日続いていますが、やがて片ついてひと段落ついた後には、住民の生活への準備が待っています。 

 大人もそうですが、とくに子どもたちのトイレ行けないという精神的症状が、やはり東北の時のようにすでに発生しているようで、熊本大分でもPTSDの症状が子どもを中心に現れだしているのは、心配ですね。

 

 さて、前回のタイトルで公共事業地震の因果関係なんておどろおどろしいものをつけてしまいましたが、あくまで結果として関連しているということで、決して意図的なものがあるとは申しておりませんので、悪しからず。

 ただ、その土地土地によって、地盤コンディションも表面の土地利用状態も異なっていて、九州の地震は、それらと起こる地震による被害がいかに多様性があるかを、改めて私たちに知らしめました。


 ほぼイコールで、地震予知は困難ではなく、不可能だという事も多くの方が身に染みて感じた事と思います。

 それで、結果的に公共工事をせざるを得なくなる点では、公共工事は減っていないような気もしますが。あの民主党時代の公共工事バッシングって何だったんだろう、と。

 

 そこはさておき、今後私たちが見直さなくてはならないのは、予想できない災害に「備える」覚悟をもつという厳然たる現実です。

 唯一私たちに不安定な土地に住む上で安心をもたらすのは「備えている」という自負だけであり、そのために掛かる手間は欠いてはならないということです。

 

 遠く無い将来に自分の不動産などの資産が崩れるリスクは、これまでのように地震崩壊リスクのない西洋的な建築土木文化には含まれていない概念ですので、それらを単に模倣するだけでは、日本の建物としての役目を果たせません。

 日本での建築土木では壊れるからどうするか? というジャパン・オプションはもっと日本で進化してほしいと思います。

 ついでにいままで止まっていた、ミッシングリンクと呼ばれる工事がなんらかの事情で止まっていて、完通していない道路網の再考もしてもいいのではないでしょうか。

 九州でも、道路網が様々なところで通行止めになりましたが、ミッシングリンクの箇所が、主要道路網でも何か所かあったようです、せめて非常時には利用可能な状態にしてあると利用価値や、観光のサポートになります。

道路:全国ミッシングリンクの整備 - 国土交通省


 太古から日本に住む上で、地震リスクと付き合う現実は、避けられませんでしたが、昔のようにただただ、自然を神様のようにされるがままでいた時代に比べ、今生きる私たちにとって幸いなのは、地震リスクを俯瞰するようにデータ分析できる業をもっていることです。

 NHKが好んで引用する日本政府が公開するビッグデーターの膨大な統計から、俯瞰的に地震災害対策をあらゆる角度から見ることができます。今後日本人と地震との不可避な関係を、私たちはどう分析していくのでしょうか。

 

 いままでインフラ公共事業を減らして、限られる予算を有効活用しようとした発想には、こうした災害対策を考慮していくと、どうも日本の国土に住む人々は、地震津波災害と付き合って行かななればならない事実を認めた時点で、国費に整備改良の予算は不可欠のようです。

 その考えで延長すると、人口減少の時代に突入した日本の人材育成は、土木建築への人材育成は国の優先政策にしたい程です。

 その一方さまざまな自由化の認識や職業選択の自由な今では、少子化での子育て環境の改善と共に、3Kのイメージを如何に払拭して魅力ある職業とできるかは、重要な課題ですし、もっとも生活の安定を図る上で、土木建築の仕事のボトムアップを政府がどうしていくかが興味深いです。

 日本は、明治維新以来急激に西洋の文化技術を模倣してきましたが、そのノウハウを世界とは違った日本独自の発想や解釈で、独自進化させるかがいかに大切なことなのかを改めて、考えさせられました。

 

 最後に、筆者の気にする観光面での復興についても触れますが、今回の熊本の地震で、残念な熊本城の崩壊がありました。

 今、名古屋でも地域のシンボルである名古屋城の、建て替え論議が上がっていますが、一言で建て替えと言っても、文化財の建て替えはとても厳密なルールがあって、手間暇が相当かかるのだそうです。

 これは熊本城でもすでに早期調査がなされていて、再建には相当の年月・予算が求められると分かっています。これは本丸だけでなくその土台になっている石垣の破損が相当ひどく、気の遠くなるような石の並べ替えがあるからです。

 その他耐震対策をどうするのか、あえてせず忠実な現状復帰をするだけでもとてつもない手間と職人が必要となりますので、いま熊本でも観光の要であり、県民の心の支えであったお城の復興は、何よりも代えがたいものでしょう。

 お金のかかることではありますが、長期的に見てでも史跡観光としての保全を全国強調してすごろくのように連携した観光化は、ぜひ取り組んでほしいですし、西洋からみた極東文化への関心度をどこまで形にできるかが、成功のキーワードです。

 

 あと、東北(放射能の問題があったので尚更ですが)でも風評被害による、減産物の売れ行きが悪くなったことが、観光などを中心に国内外から出てくるのではないかと心配しています。

 最後に若者世代の、地方への関心が大きくなっているという、記事を紹介しておきますが、長い目で見て今までの戦後世代(古い?)が東京中心が絶対だった感覚からすれば、選択肢は緩くなっている、ということです。

 政府や、東京都の本音は相変わらず、東京一強ありきのようですが、いい加減バランスをとらなければ、ヤバいと気づいている以上、上のランキングにうなづけるものはあります。

 九州でも、毎年鹿児島・熊本・宮崎はランクインしているのも興味深いです。

 

 あくせく固まって、狭い街中で働く姿への単なるアンチテーゼなのかもしれませんが、こういった地方への関心や意識を、いかに地域は魅力を増していくかをさらに考えていかなければなりません。