くろま流 × NAGOYA式 ブログ

地域産業・観光を広い目線から、東海・名古屋あるあるをリサーチ。

名古屋の戦争跡を残す二つの資料館 愛知県庁大津橋分室編

 おおむね、名古屋のサクラは満開を迎えた印象で、今朝様子見に筆者が立ち寄った、昭和区鶴舞公園は、春の香りが心地よく朝から花見会場は、すでに場所取りにいそしむ人が目立ちます。

f:id:kromaryu:20160331211017j:plain

 そう思って、帰宅してニュースを見ると、福岡を筆頭に東京・名古屋など多くの地域で、8分咲きを観測して満開宣言が飛び交っていました。

 

 

 さて、今回は日本のシンボル桜が咲き誇る日本で「戦争法制反対」の掛け声が先日国会前に響き渡った話題もあって、思い返すと名古屋も戦時期に街を焼け野原にされ、無念な思いをした地域でもあります。

 加えて、「尾張名古屋は城で持つ」と言われた名古屋が、街のシンボル「名古屋城」を焼失してしまった悔しさは、戦後の市街復興の原動力にもなりました。

 そんな思いを、市民の貴重な遺留物の寄付で、当時の時代を少しでも理解してもらおうと、作られた戦争記念館。

 

  名古屋には、私設と公設の2つの記念館があるのですが、市民でもご存知無い方も少なくないのではないでしょうか。

 昨年開館した愛知県庁大津橋分室と、2007年から設立されたピースあいちの、それぞれ、創設された意図や経緯の異なる2つの施設を追っていきます。 

 

 1回目は「愛知県庁大津橋分室」で、名古屋の公設資料館です。

f:id:kromaryu:20160331203841j:plain

f:id:kromaryu:20160331203931j:plain

 名古屋市街のど真ん中、中区大津橋に在ります、市役所の南に位置していますので、交通の便の良いところにあります。

f:id:kromaryu:20160331204016j:plain

 愛知県庁大津橋分室 : レトロな建物を訪ねて

 

2月11日建国記念日に向けて、戦争記念博物館

 実はこの博物館、最近できたばかりなんですよ。建物は戦後市内の区画整理の際に何メートルかセットバック(道路から後退)して移築した戦前からの建築物をそのまま利用しているので、パッと見た目には古く見えるんですけど、施設自体は昨年地元ニュースでも話題になりましたが、新しいんですね。(地図左が名駅、下が栄方面)

f:id:kromaryu:20160331205646j:plain

 

 これは、名古屋市の有志の間では念願の公設の戦争関連施設で、それまでは次回案内する私設の資料館、ピースあいちしかなかったんですね。

 市民の一人としてはなんともおもはゆい思いがありますが、それが事実であり受け入れなければなりません。

f:id:kromaryu:20160331204252j:plain

 展示物は、市民から集めたモノやさすが市だけあって、長年資料庫に保管されていたモノだと思われますが、不発で残った爆弾やマシンガンのお化けみたいなモノ(焼夷弾の分解模型です、下の説明図参照)も展示されています。

f:id:kromaryu:20160331204342j:plain

 古い建物なのですが、中は明るくて女性一人でも回りやすい雰囲気です。

 この展示室には、一人男性の方が番をしているのですが(ピースあいちでも同じです、詳細は次回)ボランティアらしいのですが、それなりに歳をめしいらっしゃっていて、話すとそれなりの戦争への思いを持ってらっしゃるようでした。

 

筆者が訪れた際は、平日昼間なので男性一人が見学していた位でした、おかげで殆ど独占状態で、資料をじっくり拝見できました。

 展示室は1階だけで、2階3階は保管庫だそうで見学はできませんが、博物館のように企画展で入れ替えするので、タイミングによっては内容が変わるそうです。

 展示は、ワンフロア―を反時計回りに巡りながら全資料が見られるようになっていまして、主に文章写真展示ですが、爆弾や兵器・衣装などの実物展示や、当時市内にあった焼けた床板の現物展示がありましたし、戦争経験者のインタビューVTRが見られるようになっています。(多少戦争関連の本もありました)

f:id:kromaryu:20160331204405j:plain

f:id:kromaryu:20160331204449j:plain

f:id:kromaryu:20160331204534j:plain

f:id:kromaryu:20160331204614j:plain

f:id:kromaryu:20160331204639j:plain

f:id:kromaryu:20160331204706j:plain

f:id:kromaryu:20160331204747j:plain

f:id:kromaryu:20160331204725j:plain

f:id:kromaryu:20160331204842j:plain

f:id:kromaryu:20160331204912j:plain

 筆者が見終わる頃に、どどどっと見学ツアーっぽい十数人の見学団体が入館してきましたので、一気ににぎやかになりました。どうやら彼らはサイクリングで街を回っているらしく、その一つで立ち寄ったようです。ツアーだと思ったのは、開設する担当が着いて説明していたからです。

 

 ニュースのインタビューで河村市長もおっしゃっていましたが、市民の税金を使う公設の資料館だけに、あまり反戦などのイメージは協調されている印象はなく、歴史と展示物で事実を、客観的に伝えているという印象を、筆者も持ちました。

 撮影も事前に断っては起きましたが、尋ねても自由に撮って良いとのことで、戦後の資料をじっくり確かめるには、向いています。

 

 次回は、連続してもう一つの……というか公的施設より先に開館した私設っ資料館「ピースあいち」の紹介と、まとめを記事ります。

 さて、なぜ名古屋市は私設の資料館が先になったのでしょうか、筆者も気になるところでした。

 

 天皇訪比「日本人が忘れてはならないこと」 | 柴田直治

 戦争の都合の悪い所は目をふさぐのは、人として自然体。なのに、日本だけが戦争被害より加害した罪を贖罪する姿は、世界に正しく伝わっているのだろうか?
 永遠の自虐民族と取られかねないリスクを考えると、日本が努力すべき課題が見えてくるのではないか?
日本だけが戦争加害を反省する姿ばかり
で戦争の悲惨さと平和の呼びかけになるのだろうか?

両陛下の前で涙を流した彼らは何者か~放置され続けたフィリピン「無国籍邦人」という問題