読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

くろま流 × NAGOYA式 ブログ

名古屋在住者の視点から地域産業・観光を通した活躍を応援。

子供の自由を奪う教科書採択偏重は、発展途上国での子供搾取とほぼ変わらないのでは?

 

 竹富町が守ろうとしている子どもたちが直接学習時間で触れる教科書の内容が、もし一政府の政策を反映させるものだったとしたら、不正なバイアスがかかってくるかも知れない大問題です。

 

 

f:id:kromaryu:20150911160343j:plain

 

 

 

 同時に、地方の教育学習を裁定する意味でも如何なものか、と眉をしかめたくなる話ですが、少し古い話題ではありますが、同町が地域で策定された教科書の採用を拒否た背景には、ローカルな問題も含まれていたかも知れませんが、その幹には愕然とするほどの内容の相違と、地方が文科省のお墨付きを盲信する姿勢が関係したようす。

 

 それに留まらず、ちょっと教科書裁定に関心がある方ならご存知の通り、その過程では様々な政府方針のバイアスが反映される事は今更な話でもあります。

 

 しかし、かと言って標準の教科書に加えて他の公平な資料や教科書を紐解こうとするのは、子供達には酷な話でもあります。

 

 何とか文科省の選定の基準を公平に出来ないものかとも思いますが、時の総理大臣の一存で指名される大臣が、総理大臣の忠臣に沿わない訳にもいかず、自明の理となるのでしょうね。

 

 総理が右なら教科書も右傾化となるわけですね、日本では。

 

 それを地方の教育委員会は、ある自治体はありがたく政府手動に傾き、またある自治体は地方地域の事情で変えたりしますが、狭い日本でさえもこういった教育の地域差が生まれかねないのです。

 

 今の世は教育界ではPTAが学校に力を示しているそうで、教員もかなりやりにくそうですが 、そのPTAの会合ではその教科書格差・偏重問題もどこまで話題になっているのでしょうか。

 

 子供達には罪はありません、大人の都合も含めてって言うのも教育の一貫なんでしょうか。

 だとしたら、歪んだ偏重した大人が出来上がっても不思議はないし、かつての戦時中の教育と何ら変わりなく、控えめに進められるそれは解りにくい分だけ、後々日本教育機関の国際化に大きく遺恨を残しそうな気がします。

 

 方法に違いが有るこそすれ、発展途上国で行われる子供達の搾取と違いは僅差しかないでしょう、とてもオソロシイ事です。

 

 

 

自民党、教科書採択に圧力 〜「世界の常識」を否定する妄説を子供が学ぶ国へ 『週刊現代』官々愕々より | 古賀茂明「日本再生に挑む」 | 現代ビジネス [講談社]
保守化への政策は、必ず教育感化がセットになっている。 
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/45061

gendai.ismedia.jp