くろま流 × NAGOYA式 ブログ

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わが子の命が救える、喜びと課題

 

  医療技術が発達していくにつれて、一方で人間の命の尊厳や生命倫理問題も同時に発生しますが、子どもの命については、私達はどこまでを認めれば良いのでしょう。


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人工臓器難民というギャップを埋めるために

 

 

 少なくとも日本では、尊厳死をみとめておらず、その人の死は残された家族や法にゆだねられます。遺漏などの延命技術がいくつか存在して、生命上の延命措置が可能となりましたが、大人での延命措置とは別に子供の延命技術は、新しい可能性とともに、多くの課題を残すかもしれません。

今回記事では、新しい生命に対しての延命措置が可能になった記事です。

 今回の厚生労働省の承認を得られたことは、それ自体は喜ばしいことで、子供の未来を広げる可能性のある大きい延命です。

 家族にとってそれは開けた幸福であり、社会にとっても人口減少が言われる時代に、貴重な継承者でもあります。

 ただ、もろ手を挙げて喜べるわけでもありません、命を救える「認可」は得られたものの、最先端技術にかかる医療費はケタ違いに高額です、ご家族の負担は並大抵ではありませんし、寄付で賄うのは限界があります。

 かといって、個人レベルでの国の医療費負担や、医療人材の深刻な不足が解決したわけではなくて、少子化対策との高度な問題解決能力が、国に問われる話でもあります。


 親である以上、先にも上げた高齢者の尊厳死の問題と共に、そのような立場に遭遇した際に、人としてだけでなく、社会に対しても責任ある対応がセットで突きつけられていくのです。

 この抑圧は、経験した歩とでないと分からないかもしれません、究極的には当人の判断であって、周りが簡単に「人道」とか「倫理」だけでモノを言うのは、さけなければいけません。

 人の命の扱い方は、当人以外の決断の及ばないところで決められるという矛盾をはらんでいます、これは残念ですが技術面だけでは解決できない部分です。

 当事者がより精神的に選択肢のあるメンタル的サポートの仕組整備も重要です。

 

 

子ども用補助人工心臓、製造販売を了承…厚労省 : 科学 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE

http://www.yomiuri.co.jp/science/20150612-OYT1T50136.html

www.yomiuri.co.jp