くろま流 × NAGOYA式 ブログ

東海・名古屋からまちおこしヒント探し始めて、結局国際経済のしくみに行きついた

尾州(一宮)と福井そして、パリへの挑戦。

 尾州(一宮)と福井とパリ。

中部ファッション紀行
NHK金+とく 3月27日)
http://www.nhk.or.jp/nagoya/kintoku/archives/2015/20150327/index.html

光と影、森永邦彦氏、パリコレ二度目の挑戦より。

 

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 今回は、かつて地元の主産業だった繊維業界の復活への挑戦を追ったドキュメンタリー風の記事です。

 尾州は、奈良時代から養蚕の生産地からはじまり、明治時代に毛織物産業が盛んになって、地域に繊維産業を根付かせました。

その当時に発達した製紙技術は、糸:別の種の糸とより合わせる技術を高度に発展させて、様々な糸をより合わせる手法を豊富に編み出して、国内でも随一の繊維町として発展を遂げた。
 しかし、戦後のオイルショックを境に不況に追い込まれ、当時賑わいを見せた岐阜の柳ケ瀬商店街でも名を馳せた、東海の主産業は大打撃を受ける。
 現在自動車で世界を席巻しているトヨタ自動車も、発足は『豊田織機』という織物を織る機械で一代を築いたことは有名で、この地域がそれだけ織物業で発展した事の裏付けになる。

 さて、その手残業がジリ貧ななか、繊維業界はかつて培っていた豊富な製糸技術を生かすべく、新たなファッション業界への挑戦を始める。

 そして運命の出会い、9年前、新進気鋭のファッションデザイナー永邦氏と繫がる。彼は、パリに日本ならではの新しい風を起こそうと模索する中で、出会った尾州の製糸技術の高さと柔軟性に驚いて、モノづくりに共感してくれる人の貴重さを語る。


 『TIME』
 森永氏は、翌年には福井県ともタッグを組んで、『TIME』残像の様なブレたプリント柄、繊維へのプリント、染色技術の応用で新感覚の布を世に紹介した。

 通常、繊維プリントは型枠で1色づつすらねばならず、20色が限界だった。
 福井の印刷技術は、繊維へのデジタル(1024色)プリントに成功し、更に色を入れる深さを制御可能な独自技術で、森永氏の繊細な要求に見事に応えた。

これは、布の裏表で色を変えることが可能な事を示し、一気にデザインの幅を広げたのである、森本氏はこの技術をパリコレで海外に知らせる役目を見事にやってのけ、次への可能性につないだ。

そして、森永氏と、福井・尾州との新たな可能性へ。

『LIGHT』
レントゲンのような半分透けるイメージを満たす生地の開発へ再び尾州の技術が、また『聴く服』まとった服が音楽を奏でる(金属を織り込んで、静電気で動くと音を奏でる)仕組みを開発、それを森永が知ってコラボした。

 そして、この作品のパリコレ発表を前に森永氏は、開発に携わった関係者の為に、 尾州でパリコレを再現、彼らは現場での完成品を見る機会はまず無いという。

 これは、現場の世界を肌で感じてもらって、地元に感謝の気持ちを表すためだ。
 再現をサポートするのは、地元服飾関連の学生達、彼女たちにこの経験を生かしてもらう森本氏の意図が何ともにくかった。

 3月3日、2度目のパリコレ。

『LIGHT』のコンセプト衣装は、丸いスポット光を当てると、発色する分子構造の違いでそこだけ、柄・色を発色するという、度胆を抜く布が主役だった。

 その日のパリコレの会場は、その時幻想的なシーンが日本人の高い技術力によって創り上げられ、見事に成功をおさめた。

 

[ 森永邦彦 ]
デザイナー、1980年生まれ、東京都出身。
早稲田大学、バンタン卒業。
ブランド名は日常(A REAL)、非日常(UN REAL)、時代(AGE)を組み合わせた造語。
神は細部に宿ると信じ、遠回りすることに価値をおいた服づくりを追求する。
03年、「ANREALAGE(アンリアレイジ)」を設立。
05年、ニューヨークの新人デザイナーコンテスト「GEN ART 2005」で
アバンギャルド大賞を受賞。
06年より東京コレクションに参加。
11年原宿に直営店をオープン。
第29回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞受賞。
12年仙台に2号店、大阪に3号店をオープン。
ホームページ http://www.anrealage.com/