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くろま流 × NAGOYA式 ブログ

名古屋在住者の視点から地域産業・観光を通した活躍を応援。

クルマは凶器になるのか、貴重な道具になるのか

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 交通事故通年ワーストワンホルダーの名古屋在住者の筆者にとって、この話題は禁句中禁句だったりしますが、いい加減市内の交通マナーの悪さには辟易しているので、あえて禁断の領域に触れます。(キッパリ) 

 これは統計上の比較では、愛知県と言うことになっていますが、全国でも決して他人事ではないはずですし、かつては考えられない論外の交通事故も珍しくなくなっている時事は何を示しているのでしょうか。

 

www.asahi.com

 

 今、地方の道路で正面衝突事故が増えているそうですが、それ故にこの凶器に成り得る自動車そのものの在り方が問われています。

 この解決には自動運転システムや、様々なメーカーの工夫がされてはいますが、根本的にはやはり操る人間の意識そのものが重要なんだと思います。

 

 この問にそれぞれのドライバーが答えを出さない限り、この根本的な問題を解決しないでしょう、しかし人間が操る限り人間のバグである大きな問題が、永遠に問われることになります。

 そうした意識で自動車自動運転の環境やシステムに根深く横たわる問題を、考えなければならないと期待されているのかもしれません。

 

 単線道路での対向車線同士の自動車正面衝突事故多発が物語ってるものや、地方の予算不足で、無計画な道路拡張のついても、長期的に考えてまったく進まずに頓挫している例が多数見受けられます。

 名古屋でも相変わらず交差点での正面衝突事故や、市内の道路拡張や保全整備が長期的に進まなかった例が幾つもありましたし、この前のNHKの特集番組でも地方の道路が長期間先延ばしにされ、道路幅の狭い単線道路で高速走行して事故るケースが目立つ、と言う問題をあげていました。

 

 そもそも、国内の道路整備計画は、ごくごく一部の経済成長度合いを基準に計画された、都市計画としては偏ったものであったと言わざるを得ず、

 

 このまま拡張工事計画を、継続するのか。

 しないまま、道路利便性を工夫するのか。

この判断は、今後日本各地に散在する問題の解決の、キーワードになりそうです。

 今後、より日本の道路事情と言うものが、便利になるように、そしてそれがひいては世界各地で起こる問題に、大いに役立つ可能性を秘めているだけに、私たちはもっと真剣に考え、自治体・国の計画を見守るべきでしょう。

 

  免許証返納の高齢者に様々なサービス 愛知県の取り組みに世界が注目 - ライブドアニュース 

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www.google.com.tw

 

  モータリゼーション時代に沿って生活してきた世代が、高齢化しその世代の増加によって、自動車を生活から切り離せないために、運転能力低下に気付かないままで家臣運転の結果、駐車場での店舗腕の破壊事故や、露中での人身事故に繋がる事件は、同じドライバーとして痛ましく、遠くない将来のわが姿を見ているようで、いたたまれません。

 海外でも、台湾を筆頭に東南アジアでのバイクなどの交通マナーは、日本のそれに匹敵してひどいものだそうですが、まだドライバーの年齢層が低いのは、そのマナーをしても結果的に事故らないバランスを取れているのかもしれません。

 

 筆者も、最近はこういった高齢者事故の増加を踏まえると、いくら自分が正しいと信じる運転をしていても、いつどこで事故と遭遇するのか?最近は予測も付かないですが、今後かなり大胆な交通モラルの改正が、求められていくでしょう。

 高齢者でなくとも、かつて運転するのが常識だった時代に比べて、今は若い世代から自家用車を持つ人が減っている傾向があるし、それに比例して運転側の危険性を知る経験もない人が増えることで、事故が一方的な目でしか見られない傾向があります。

 

 加害者に得津加担するつもりはありませんが、運転経験者の減少よって運転者側の心理が軽視され、問題解決の上で必ずしも健全でない場合が考えられますし、単に自動車イコール悪と捉えられ、事件が決定づけられていく怖さがあります。

 これを解決するもっとも合理的な対策は、自動車がよりパーソナルな所有物という認識を軽減し、より公的な目的での移動体として位置づけられることでしょう。

 

 

 さらに自動車は、今後自動運転技術が高まる事によって、より交通システムを客観的に管理することを目的とするでしょうし、今まで自動車の室内空間は住居と異なった異空間としての位置づけから、より住居に近い生活を共有できる空間へと変わっていきそうです。

 今まで「走る喜び」と言っていたのは、車を操る自分の意識を満足させる行為だったのですが、それが誰でも安全に高度な移動をできて、生活の満足感を妨げないものになるということですので、ガソリン自動車全盛の時代を経験する筆者などは、複雑な心境です。

 

 こうした意味合いで移動者は、古い考えではドライバーの個人的な走る満足度を高める道具から、新しい考え方をすれば生活の延長で、一部分として楽しむ手段となるのかもしれません。

 そのような時代が来たときには、自動車事故は激減できているのでしょうか、そうならば多少の自由は奪われるにしても、より効率化された交通網が安全に私たちの、価値ある生活へと役立っているのかもしれません。

 

 人間が運転する以上、交通事故は無くならないとまで言われている、自動車飽和の時代にあって、次世代のAI化された乗り物や交通システムは、私たちの生活をより豊かなものにする、貴重な道具となってくれるのでしょうか?

 それとも相変わらず殺人マシーンとしての悪名を持ち続けてしまうのでしょうか?その近未来は、すでに出口が見えようとしている時期に来ていますので、その恩恵を受けられないドライバーは、それまで自分の身は自分で守るしかないのです。

 ぜひぜひ、ドライバーとしてのモラルをそれぞれが見直しておきたいものです。

 

先進国で22位、労働生産性を高めるトライ

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 これは聞いた時点で、カルチャーショックを受けましたが、私たちの国の労働生産性は先進国でも高い位置にあったという先入観があって、22位という事実には言葉もでませんでした。

 この事実は、かつての国内企業の経済力伝説を忘れ、既に世界では技術力を除いてトップを伺える立場には無くなっていると言う現実を、私たちがどう捉えてどう向き合っていくかにかかっているでしょう。

 

 今、過労事故が目立って報道されたことで、とくに大手企業の労働時間短縮化が大きな話題になっていて、広告代理店国内大手「電通」の労働バッシングは記憶に新しいところですが、問題の顕著化が氷山の一角と揶揄されながらも、企業の労働管理担当者は非常にやりにくい状況かも知れません。

 これらのように直接でなくとも、大企業の経営不振での表面化も顕著で、たとえば東芝だったりMRJを扱う三菱重工(航空機)労働生産性というくくりでは同意の課題だと言えるでしょう。

 

 先の電通でも先日社長自ら記者会見に臨み、労働時間短縮化における「人にしかできない事と人でなくともできることの切り分け」をしていると発言していますが、中小零細企業は困難にしても、大手ならば人でなくともできる仕事の精査は、労働の価値を変えていく可能性が出ています。

 また三菱航空機は、MRJの2500時間もの飛行テストに臨んでいますが、取れたデータは膨大であり、従来のネットワークで処理するととても目標までに完了しないため、人がする必要ないデーター処理や転送は、通信大手NTTコミュニケーションズの通信インフラと提携し、通信処理の高速化で従来の400%タスク処理を実現するとしています。

home.kingsoft.jp

itpro.nikkeibp.co.jp


 交通インフラの効率化がもっとも帰来される物流企業は、鉄道インフラの共有化や物流センター活用の見直しなどで、実働コストの削減やCO2削減により、結果労働コストや、企業価値の向上を進めています。

 労働生産性と言っても、単に社員・労働者の仕事効率向上では限界がある中での、根本的な記号価値・生産力の見直しが本格化してくることが期待されています。

 

 こうした変化を仕事の中で、実感できる立場の人はわかりやすいのでしょうが、大企業では直接かかわらない部署の方や、親会社の改善待ちの子会社に務める方は、実感が沸きにくく、自分がどういう改善をしたらいいのか、二の足を踏んでいる方も少なくないでしょう。

 ただ、冒頭に申し上げた通りに日本の労働生産性がかなり低いのは、知られていることであり、この事実の例外となる企業は無いと考えた方が合理的ですので、より労働生産性向上に貢献できるスキルアップは、個々に与えられる最優先課題です。

 

 従業員の安淑過労で労働時間短縮が優先的な空気の流れる中で、実は日本の職場環境が抱える最も身近な問題は、じつは働いている現場にあるのを自覚している人は少ないのかもしれません。

 企業側の改善努力を求める動きは加速する一方で、無駄な会議や無駄な報告書・プレゼン資料作成に貴重な時間を費やして、仕事としてはいないでしょうか。

 

 その無駄を仕事とする空気を持ったきぎょうは、最も危機感を持つべきところでしょうし、管理職の決断力の遅い企業は、それだけで多くの労働時間を無駄に使っていますし、さらにその上司が……といった負のスパイラルは全体が見通しの悪くなった大手企業にありがちな無駄です。

 こうした無駄は、いわゆる人がしなくてもいい無駄で、近い将来アメリカ辺りからAI化され、人がすべき仕事とみなされなくなる可能性の高いものですし、すでに企業コンサルタント会社など、インテリジェンス企業からAIによる判断の方が的確だと結果を出しているところもあるそうです。

 

 こういった隠れた無駄が、ある程度人間が働くための息抜きだと考えられる向きもあるでしょうが、息抜きととるか怠慢ととるかは企業ごとにバランスは様々で、意見の分かれるところでしょうが、無駄は人が判断するまでもなく業績として現れます。

 その結果を自分の事として真摯に受け止められる会社が生き残るでしょうし、そうでない会社は経営者の能力如何に関わらず消えていくでしょう。

 

 つまり、これからの経済は人が行うにしてもAIが行うにしても、そのバランスが求められ、結果として効率化されていなければ結果を出していくのは難しいでしょうから、社員一人一人が仕事の無駄と効率を常に念頭に置いて、自らの時間は自分で創り上げる工夫と創意が、結果的に自分の人生を豊かにできるかの分岐点なのかも知れませんね。

 そんな時代の到来に向けて、ある時は自分の会社に早めに見切りをつけなければならなくなる局面に、立ち買う機会があるかもしれませんが、できればそういう会社でないことを祈りたいものです。

 

 そのためにも、普段何の気なしに作成しているエクセルやワード書類、徹夜で作成しているパワーポイントのプレゼン資料、果たして本当にそれだけ必要なのか? 単に仕事している気になっていないか?

 そんなことを考える余地のある人は、筆者も含めs事を減らせないのは、自分自身にある程度原因があったりしないか、何度も見直しておいた方が、結果的にシアワセになれるかもしれせんね、余計なお世話ですが。

 

田舎の話と捨て置けない、地方(中央)自治の闇

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 タイトルからして、地方自治の闇って……おどろおどろしいですね、こんなサイトもみつけちゃいました。

怪談地方自治体の闇

 

 さて、美濃加茂市市長の受託収賄罪の是非を巡って、名古屋高裁の再審で無罪が逆転有罪となった話題は、地元中心に衝撃を与えました。

 若くして市長として 当選した藤井市長への風当たりの大きさは、市民の期待をよそにいかんしがたいものがあったようですが、 一地方の政治事件と片付けて良いものか? 多くの人に懐疑の思いを残す事件です。

 

美濃加茂市長「明日から不在」 来年1月に出直し選:朝日新聞デジタル

www.asahi.com

 

 有罪判決が出たはずの裁判の後で、美濃加茂市長後継者を急きょ決める選挙は、市民の本意を汲んでか有罪が解けていない元市長がそのまま、再選されましたが、この結果は多くの方が根拠は示せないにしても、おおむねわかっていた結果ではないかと感じました。

 市民へのインタビューでは、在来市長への擁護の意見があったからですが、それよりも双方の明確な証拠が出なかった中で、原告側の主張が否定できないという根拠での有罪となっていて、限りなく原告と検察側の論証の不透明感が相当強いままの、まさかの有罪判決だったため、多くの人は半信半疑というよりも、原告側のごり押し的な面が強く感じられたのかもしれません。

 

美濃加茂出直し市長選、上告中の藤井浩人氏再選 : 政治 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

www.yomiuri.co.jp

 

 話題にもなりましたが、30代にして市長に当選しただけに、経験不足や検知に疎いのではとの声も多かったようですが、若さゆえの誠実さや実直さが市民に評価されつつあった時期の収賄疑惑だっただけに、タイミングが良すぎる印象も手伝ったのかもしれません。

 普通、公務員の公金私用や既得権益などでの収賄の疑惑が起こったときは、よほど海千山千でない限り、徹底的にやり玉に挙がって、辞任に追い込まれるケースが後を絶たないのですが、このケースはそういった展開にならなかったのも、市民の評価がよかったからでしょう。

 

地方議会“政務活動費”不正相次ぐワケ|日テレNEWS24

www.news24.jp

 

 

 こういった不正問題は、地方に限らず中央でも公僕の趣旨を忘れ私欲に走る公務員の問題は起こるのでしょうが、問題解決を待つ間はどうしても行政が分帝になりやすく、ひいては住民の公益を左右するものですので控えてほしいものですが、公務員の非常識な犯罪などからもうかがえるような、民間の常識からのフェードアウトをされる方が、少なからずいらっしゃるのでしょうか。

 こういった一部の不正公務員によって、悪いレッテルを張られるまじめな公務員はいい迷惑でしょうが、このような事象は民間でも起こるので、区別するのはフェアではなののでしょうか。

 

 話は戻りますが、地方で起こっている若い市長を巡るいざこざは、不正を糾弾すること以上に、今後期待される「若い才能」や可能性を摘んでしまわないかの方が、もっと心配です。

 公務員に限らず覚えておいてほしいのは、ベテランの方は特に自分の仕事を全うするのは、筆者も例外でないですがやって当たり前ですが、それに加え次世代を育てる余裕がなければ、その組織は長く続かないリスクを抱えているということです。

 

 議会の職員は住民が決めるとは言いますが、結局アメリカのように裁判になったときに民間の陪審員がいない以上、民意を反映できずただただ見守る事しかできません。

 それをいいことに、組織のメンツを立てる(などの)ために主張を曲げないなど、日本の政治家は守られ過ぎのように思われます。

 

 今まではそれで済んでいた制度なのかもしれませんが、国際化がすすむにつれ日本国内では常識だった精度は、矛盾のあるところから綻びが現れ、その改善を遅らせればその分国民にしわ寄せが来て、取返しが付かなくならないことを願います。

 むしろ最新のAIの方が、法的な判断や非合理な矛盾は人より正しく判断するのではないでしょうか。人でしかできない事とは、ある意味不条理な判断が求められる場合であって、その多くはごくごく一部の私益に関わる話だとしたら、AIのような判断の仕方は、無用の長物でしかないのかもしれませんね。

 

2・22(2月22日)忍者の日にはニンニンニン!

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 うほほーい!、ついに当ブログは3年目に突入させていただけそうです、お読みいただける読者様のたまものです、ありがとうございますっ。

 さて、2月の22日は「ニン・ニンニン」で忍者の日……だそうで、好きですこういう解釈(笑)三重県・愛知は古くからニンジャ発祥の地として知られているだけに、こういう「からくり」は、見逃しません。

 

【関西の議論】「忍者の日」に歴史的和解…「伊賀VS甲賀」はアニメや小説が創りあげた虚構!?(1/4ページ) - 産経WEST

www.sankei.com

 

 本家本元を争う・認め合う動きもあったり、最近は静岡県東部でも、ニンジャを使った観光を展開しているそうで、権利主張にいそしむのも解らなくはありません。

 外人の受けがいいだけに、なんとかニンジャブームに火をつけたいところでしょうが、すでに「ニンジャ」は地域ブランドの象徴をこえようとしているんでは、ないでしょうかね。

 

忍者の日(2月22日)愛知・伊賀・甲賀 忍者の里PRキャンペーンの実施について - 愛知県

 愛知の中部国際空港セントレア)でも観光招致のイベント開催するらしいですね、定番のおもてなし武将隊も参加するよう……出ませんね、そちらは徳川家康だけと服部半蔵忍者隊か、愛知県のイベントなのでその辺りは縄張りキチンと守ってますねぇ、出ればいいのに。

名古屋市も加勢にきたぜぇ!大村サン(おっと口が滑った)」

「おう!かたじけない河村氏……(また滑ってまった)」

お二方、仲良くしてくださいね。

  話が、大村愛知県知事と河村名古屋市長の不仲説に傾いてしまいました、大変申し訳ございません、名古屋いち市民としては心配で心配で……。

なぜ大村秀章と河村たかしはあんなに仲が悪くなったんですか?数年前までは仲良... - Yahoo!知恵袋

大村知事と河村市長、対立再燃 名古屋の展示場建設巡り:朝日新聞デジタル

  これが、政治・行政の暗黒面なのでしょうか、いわゆる「袂(たもと)を分かつ」とはこのことですかね。

 

 

 さてさて、ニンジャって半分架空な設定が含まれていて夢があって楽しいですよね、忍者が日本の良いイメージとして、外人に捉えられているのはウレシイ話ですが、ナルトみたいにニンジャアニメがもっと流行るということないんですけど。

 

  この観光ブームに乗っかって、シャイと言われる日本人ももう少し羽目をはずして盛り上げられるといいですね、元来日本人はまつり好きですから、いろいろかこつけて各地でハロウィンパーティーみたいな「ニンジャパーティー」を一気に開催するのはどうでしょうか。

 和ものでもここまでできるぞ、と外国人にアピールするいいチャンスですよ、ある特別な日時を設定して、その時に突然カウントダウンイベントみたいに、一斉に日本人だけが完成をあげて、様々なパフォーマンスをする。

 

 外国人は驚くでしょうが、インパクトはマックスですからこういったサプライズは、許されるでしょうし、平和の国日本ならではのイベントとして、観光者の印象に残りそうですよね。

 海外じゃ、こういうサプライズは一般的のようですから、日本人同士だったら「いかがなものか?」と酷評されそうですが、外国人観光者向けの限定的なパフォーマンスなら、結構やってもいいかな、と思いませんか?

 

 ニンジャは、今のところ地方の特色を出すツールとして発展しつつあるにとどまっていますが、外国人にとって日本のイメージは未だ「サクラ」「フジサン」「ゲイシャ」「ウキヨエ」「ニンジャ」と言うのが強いようです。

 だったら、一部限定のアイテムでなくいっそ国のアイコン的な位置づけにまで昇華させて「フジサン・ゲイシャサイコー!」「ニンジャ・ウキヨエクール!!!」なんて言われるようになった方が、むしろ本望じゃないでしょうか?

 

イベント一覧 | EVENT|2.22(ニンニンニン)「忍者の日」キャンペーン

222.ninja

 

 日本も所詮、極東の小国ですからなりふり構わず本意にこだわらずに、まずは大いに認知や好印象を持たれてナンボでしょう。

 そのくらい砕けたプレゼンテーションの方が、得てして大うけして意外性も大きいですよね、あの一見真面目そうな安倍首相が「スーパーマリオ」のコスプレで大うけした、肩肘張らないプレゼンテーションが評価されたのでしょうね。

 

 ハロウィーンのような西洋慣習に、迎合するのも礼儀なのかもしれませんが、そろそろジャパンオリジナルを肩肘張らずに主張してもいいころです。

 さあ、あなたも2月22日は「ニンニンニン」してみませんか? あ……結果の責任は、筆者取れませんけどね。(汗)

 

 

ニオってる? 新堀川のナゾと歴史とオシイ話

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  名古屋市には市内の中心を南北に海から名古屋城までつながっていた人口の川、堀川が今も流れています。

 しかしこの川は海運手段として活用されなくなって以来、東京の隅田川や大阪の淀川などと同じように、河川汚染が問題視されてきました。

 

 何度か調査がされたり改善され汚染対策されたのですが、根本的な改善に至って稲野のでしょうか、ここ何年か前から近隣から悪臭の苦情が舞い上がっているようです。

 筆者も納屋橋など徒歩で渡ることがしばしばありますが、臭いが気になっていました。

堀川のにぎわいづくりと新堀川の浄化について 名古屋市議会・議案外質問でこのテーマが取り上げられました。

www.city.nagoya.jp 

 堀川は、名古屋城との歴史的なつながりがあったり、名古屋市内でも昔から繫華街ダッタ「納屋橋」があったりで、話題になりやすい川なので、市民運動もあったりしていい意味で盛り上がったりします。

 

horikawamachi.net 

堀川1000人調査隊

 

 

 ところで、名古屋には堀川の他にもう一つ街ノ中心を南北に流れている、人口の川があります。

 それは……「新・堀川」です、決して昨年大ヒットした某怪獣映画のタイトルに乗っかっているわけでなく「堀川」と「新堀川」はあるんですネ、決してネタではありませんのでアシカラズ。

 

 で、この新堀川の出来た経緯も堀川と同じで、名前だけじゃ無く今起こっている問題も、同様に臭いでの対策に苦慮しているのです。

www.asahi.com

 

 この新堀川も名古屋市街、堀川の東側を南北に流れているわけですが、繫華街では無くて外れた工場や住宅街を中心に流れていたり、市街に至る大須の東「上前津」でパッタリと消えているので、市民でもあんまり印象に薄い人も多い川です。

 市内を流れる川では結構大きい川なので、近くを通れば明らかに川と認識するのでしょうが、それだけっていうほど印象に薄い実感がありますが、堀川同様にそれなりに歴史も古く貴重な川なんですね。

network2010.org

 

 

 さて、一昨年大阪道頓堀を尋ねたときも、堀沿いの遊歩道を歩いたとき、臭いが気になったのですが、堀川も特有のヘドロ臭が鼻につくため、せっかく開発した遊歩道も、京都の桂川のように、のんびり散策する気にはちょっとなれません。

 ただ、ここ最近の名駅開発の勢いに乗ってそのすぐ東に位置する堀川周辺やその東国道19号線付近の再開発が計画されているだっけに、限られた予算で、臭い対策をどうすすめるかは、重要なカギになってくる時期に、差し掛かっています。

 

 そして、堀川程観光化に貢献いにくいのが新堀川ですが、当ブログに以前にも書いた金山総合駅からJR鶴舞駅に至る、JR中央線の路線下の商業化開発に関わってきます。 

 記事では、原因が解明されず、その対処に二の足を踏んでいるのが読み取れますが、科学反応で発生するだけに専門家の根拠のある検証は止むなく必要でしょうから、名古屋城観光を盛り上げるにも、キチンと素を断っていけるようにしなければならないでしょうから、新堀川も堀川とセットで解決したいころです。

 

 この堀川の異臭対策は、市民にとっても常習化しているせいか「またか……」と言う意識でしかなく、慣れきっていますがこと名古屋市観光都市化においては、今後名古屋城木造化よりも重要なファクターになりかねない問題ではないでしょうか。

 現状あまり大きく取り上げられませんが、名古屋市繁華街のど真ん中、名駅と栄を隔てるように南北縦断している川だけに、この対処の手抜きは、観光名古屋の開発に致命的な問題になりかねない、キモだと思っています。

 

 

 名古屋市はもちろんですが名古屋市の在る東海地方では、山間部にかかわらず都心部でも、昔から岐阜山間から流れる水が平野部にも潤沢に利用でき、水道水でも湧き水なみに美味しい飲料水が飲めて、名古屋市内でも浄水器要らずの地域です。

 産業でも、昔からこの奇麗な豊富な水が利用できたことで、岐阜西部から愛知東部に至る平野部では「繊維業」発達した歴史がありますので「水のきれいな・美味しい」地域としてのイメージを、周知するためにも産業歴史的に重要な二つの人口川の悪臭課題は、とっても「オシイ」残念な話ですネ。 

 

 アイドルの「寿命」って? 地域に欠かせない存在

 

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 つい最近、アイドルグループのお一人が急な様態変化によって、お亡くなりになられたニュースは、関係者ならずとも悲しいことですね。

 アイドルと言えばまだまだ若い前途有望な若者なわけで、これから羽ばたこうという時期に、誰も予測できない死を迎えなくてはならなかったのは、とても残念な話ですし多くの人の目に触れる機会の多い業界だけに、その死の意味もより複雑なものになって、さまざまな影響があるだけに、無視できません。

 

 

 さて、今回のお題は今まちおこしにも大活躍している、アイドルを取り巻く変化について記事りますが、今時アイドルは不変でなく、作られたものからより普段使いの形態へ変わろうとしているのかもしれません。

 つまり、レコード印税で食える時代でなく、歌って踊って、ドサ回りする大道芸で、作られたアイドルより人間らしいキャラが求められるのかな、と思われます。

 

 愛知県を拠点に全国区で活躍中の「ボイメン」ですね、、地域振興の面で筆者も注目していますが、彼らは全国区(またはアジア圏)を視野に入れながらも、ローカルや深夜帯の持ち番組で、色々とアイドルの可能性を模索していて、好感が持てます。

 ご当地(東海、全国区?)で深夜帯で放映されている「ボイメン・ツタエルトラベル」や「忍者ボイメンくん2」などを見ていると、メンバーそれぞれのキャラの引き出し方がとても面白く絶妙で面白かったり、なにより作られ感が無くイキイキとした彼らを応援したくなりますね。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

 筆者は、アイドル全盛と言われた昭和時代から当に王道のアイドルたちをリアルタイムで見てきましたが、飾られたアイドルの時代から、今や地域アピールに無くてはならない「アイドル」は、大きく変わってきているようです。

  筆者の世代では、アイドルと言えば、西城秀樹山口百恵松田聖子やジャニーズなど、東京中心に活躍したスターを思い出してしまいますが、その影で芸能人と呼ばれるタレントさんは、地方巡業(古っつ)など、名前を売るためにオフなどに全国を回る慣習は初期の頃からあったわけです。

 

 その発送を覆して地方からアイドルを育てる手法が、某氏(あの秋元氏です)のおニャン子から始まって、AKB48でアイドルの性質をも変えて、今やすっかりスポーツ産業のように地域密着化を定着させました。

 そう言った地方アイドルの手法は、日本独自のビジネス形体として、アニメマンガと共にアジアを中心に拡大したのは、喜ばしいことです。

 

 アイドルの役割が大きく変化したキッカケとして、21世紀前後からアイドルが低迷した時期があったのがひとつの引き金となっているようです。

 詳しいひとなら何となく記憶の残っている方も多いと思いますが、そのアイドルの寿命と言う一つのバロメーターがあって、それが伸びていると言われているようで、時代のニーズの変化に伴う、アイドルというサプライの変化と捉えられる、ちうことでしょうか。

なぜアイドルの「寿命」は2010年代に入って劇的に伸びたのか(柴 那典) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

gendai.ismedia.jp

 

 上の記事でかつて「寿命」やひどい言い方では「賞味期限」などどいう、まるでアイドルをJASで規格された製品のように比喩されていた時代があって、今でもそうなのかもしれませんが、マーケットの冷え込みや変化があって、もう少し人間的なものに変わっているのかもしれません。

(記事引用)

音源よりもライブで稼ぐ時代

では、なぜ「音楽は売れない」のに「バンドもアイドルも生き残る」時代になったのか?

そこには、一つのシンプルな解答がある。

音楽業界の構造が変わり、いまや音源よりも興行が重要な収益となっているから。つまり、CDよりもライブで稼ぐ時代になっているのだ。市場規模の変化をグラフ化するとそのことがハッキリする。

縮小が続く音楽ソフト市場に比べ、ライブ・エンタテインメント市場は好況だ。10年代初頭から動員数も売り上げも右肩上がりで拡大が続いている。

ぴあ総研の調べによると、2015年の音楽ライブ・エンタテインメントの市場規模は3,405億円。2010年からの5年間で2倍以上に市場が拡大した。この数字は、前述した2015年の音楽ソフトの市場規模(約2,544億円)をすでに追い抜いている。(上部記事一部抜粋)

 

 一頃アイドルに限らず歌をなりわいにしたタレントは、CD全盛期をもって、売れまくった時期がありました。

 その成功事例を引きずったタレントは、今や消えて行った経緯がその寿命と言う一つのブームと捉えられるのでしょう。

 

 しかし時代はITの時代を迎える中で、今や話題になっているアイドルは、ファンとの触れ合いを重要視アイドルだったりするわけです。

 今や、音楽を売ってなんぼより、ファンと接してグッズを直売するのが主流とのこと、コアなファン層である若い世代が減少する過渡期において、最先端の技術とは逆行とも捉えられる昔ながらのドサ回りが支持されるのは、ある意味ホッとします。

 

 特に日本人は、横のつながりを重視してきたこともあって、横の文化共有はツボなのでしょうし、理にかなっているということかも知れません。

 ただ、海外市場でも、近い文化を持つアジア諸国でも、少なからず受け入れられていることから、これからもしばらくはアイドルの寿命は伸びていくと思われます。

 

 また、アイドルのファンになる方々でそのコアになる層を「オタク」と呼んだりしますが、オタクでなくとも密着型のファンとの交流ともなれば、開催地域のコンサートやイベント会場への移動は、大変なことですね。

 ただ会場となる地域にとっては、先に話題の「君の名は。」の聖地になった飛騨高山の例でもあるように、ファンが地域にお金を落としてくれるので、ありがたいことですよね。

 

 そういう点では地域交通の利便性の向上は重要ですが、ここでアイドルオタクに取った統計で面白い記事をみつけましたが、一説には開催地域によっては、その都度交通の便が違っていて、ファンの足に大きな影響を及ぼしているとも言います。

 単に東京で開催すれば、だれでも交通の便がいいとは限らない、つまりファンの出発する起点と、会場の終点が相対的に変わるので、一概にベストな会場を特定するのは困難かもしれないと言うことですが、このことは開催側・主催者側から見ればイベントを組む際に、よほど考えないと客足を減らしてしまう原因になるのは、注意が必要だということでしょう。

遠征好きアイドルオタクに聞いた、どこからが遠い?調査結果

www.womaninsight.jp

 

  筆者の同僚にもアイドルオタクを極める方がいますが、やはり共通の想いをアイドルを核にして繋がりたい思いが強いと言います。

  この前久しぶりに、かつて将来を嘱望されつつも自殺をされた名古屋市出身の女性アイドルの特番を見て、筆者世代なりの往年の想いを思い返しました。

 

 今や、アイドルの存在は若い世代の特権に限らなく、さまざまな年齢層に支持されるのは、アイドルの持つ役割が広がったからでしょう。

 アイドルの寿命が伸びたと言う記事は、高齢になりつつある筆者にとっても、ワクワク出来る存在として、不可欠な存在だと、改めて実感できたお話でした。

 

 

MRJを評価したことで見える、世の中の動き

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 手厳しい話題にはなりますが、ここに来てMRJ話題は単なる未来絵図話題ではなく、現実的な問題として頭をもたげてきました。

 

MRJ初号機の納期を5回延期、三菱重工業の組織的欠陥(前) | データ・マックス NETIB-NEWS

www.data-max.co.jp

 

 そう、メーカーの母体である三菱重工の企業体質です。

 

 この話題は以前にも取り上げていますしその他でもいくつか取り上げいますが、東海地方の問題にとどまらない、旧態依然の日本大手企業の根幹的な問題であり、東芝やかつてのっシャープなどの業態に関わない気質的な問題です。

  この話題は日本の企業にとっても避けられない問題だと考えられますが、西洋で発達したカンパニー制から、日本独自に発展した結果の集大成とも言える課題ではないでしょうか。

 

 カンパニー制と言えば、江戸時代末期に長崎でグラバー園で知られるグラバー氏が、坂本龍馬らに伝えた組織経営の手法から始まった際に、三菱の創始者が彼らの事業に投資したのが根幹にあると聞いています。

 その三菱の末裔は、財閥として巨大化し、その後解体されるも結果的に、市場を見下ろすほどの独占的立場として君臨する大組織になりました。

 

 その三菱重工に限らず日本独自に発展した財閥企業は、すく少なからず日本の、閉鎖性や特殊性を高める要因になったと考えられます。

 国内の多くの企業が財閥によって支えられ発展した結果、末端に行くほど国際的な市場開拓苦労していると思われます。

 

 その根拠は、国内の市場が独自に発展しすぎたせいで、国内で発展した販売ノウハウは、役に立たない、特にマーケットノウハウは、一からのスタートせざるを得ない企業が多いために、自由競争の原理が、標準化された大企業のヒエラルキーによって阻害されているために、その脱却に多くの時間を削がれているようようなものです。

 日本は大手企業の護送船団方式で守られてきた経緯からも、大手でさえ、一部の除いて国際市場に触れる機会が遅れており、その分経験値が少ないため、せっかくの技術的優位性が、十分に評価されていない残念な状態であり、当にMRJが直面している課題と合致するのです。

 

 日本の産業振興にとって 、家電事業が韓国や中国に持って行かれた今、自動車産業なもEV化の方向でアドバンテージが小さくなるとみられ、ネットやインフラの効率化によって、より海外とのお付き合いは身近になっており、その分公共工事、インフラ整備事業、航空宇宙産業などのセット事業は、大口の収益が見込める事業だけに、小国日本にとって、負けられない分野です。

 その世界情勢に対して日本は国内のの準備が先進国の中で最も遅れていると言って過言ではなく、政府は慌ててパッチを当ててはいますが、土台時間を要するだけにどこまで追いつけるか、、その問題意識の高さに疑問が残るところです。

 

 こうした準備は、個人の問題意識を高めるだけでは到底追いつくはずもなく、政府の啓蒙や、お膳立てをわかりやすく国民に伝えることが重要ですが、残念なことに、政治は依然として国内のシ有力者の目を懸念してか、おおっぴらに実施できていません。

 その分、企業や国民の方向転換の意識は遅れて、それがさらに旧態依然仕組みの温存へと悪循環につながる恐れがあります。

 

 またネット社会によって、情報収集より便利になったと、安前向きに捉えられていますが、今アメリカで起こっている、正しい情報の精査の難しさや情報のコントロールで、逆に混乱をきたしています。

 これは、ネットモラルの国際的な約束事が定められていない事から起こる、誤解や悪用について認識が不足しているのが問題なんでしょう。

 

 今回は、私達を取り巻課題では、ITの急速によってそれに追いつかない現状と、ものづくりと言う仮想現実と相反する現実的な問題が、ここMRJの直面している問題一つからも透かして見えることを、記事にしたかったので書きました。

 私たちはは、情報の大海原に放り投げられたような状態に立た中で、今後より仮想と現実の精査を求められますし、融合と混乱はIT企業にとってチャンスであるとともに、旧態依然の企業にとっては、厄介な課題になっていくのでしょう。